「ぷちます」という世界 後編

kage

2014/09/29 (Mon)

「ぷちます」というユートピア

ぷちますという世界は前編で書いた通り、「2ndVISION」への移行を事実上拒否した形で、
その緩い世界観をずっと保ち続けています。アイドルマスターという世界は、2ndVISION突入後に
876、シンデレラ、ミリオン、あるいはSideMといった存在を新たに生みだし、拡大を続けている
わけですが、このぷちますはそれに完全に反していて、例えばそうした変化を拒む人にとっては
「ユートピア」といった表現ができるほどの存在でもある
、ということも言えるわけです。

さらにその上でアニメ化やCD化をなしえていることを考えると、いわばガラパゴス化している、
と表現できるほど異色の世界として存在
、今日に至っているわけです。

また、ぷちますにもプロデューサーが出てきて、他展開とは違った独特のキャラクターとして
存在しているわけですが、本来の「アイマスらしさ」である「アイドルとプロデューサーの関係」
がメインに据えられるわけでもありません。そうしたことを考えれば、5つのメイン展開が現在
なされているアイマスにおいて、このぷちますだけが事実上唯一の「外伝」とも呼べる
存在
であり、その意味でも極めて異例の存在だと言ってもいいはずです。

876も「アイマスらしさ」の定義とは外れてはいますが、セルフであっても「プロデュース」の
概念は存在していて、オリジナルアイドルがいることからも「外伝」呼ばわりはできませんからね。

「変化」を常に求めてきたアイドルマスターにおいて、「不変」を貫けるのは、このぷちますが
「外伝」という立ち位置にあるからのはずですが、これほど広く多くの展開がなされるようになった
アイマスの中で、たとえ外伝であれ「ユートピア」「ガラパゴス」と呼べるものが存在するのは、
ある意味落ち着けるというか、ホッとできることだとも言え、その意味でも貴重な展開のはず
です。


ぷちますがアイドルマスターにもたらしたもの

そもそもが外伝的立ち位置だから、でもありますが、こちら側から逆に本編に影響、というのは
決して多くありません。ただ、例えば9thライブツアーにおいてぷちますの楽曲が使われるような
事は起きていて、完全に切り離された存在として扱われているわけでないのは確かです。

また、元々が二次創作ということもあり、アイマスがもともと持っていながらも、9年も積み重ね、
シリアス化が進んだがために現在は本編では中々やりにくいであろう、お遊び的な、
ネタ的な要素をここでは十分に消化できる
、ということにもきっと意味はあるはずです。
CDシリーズのドラマパートなんかが特にそうした空気感が感じられるものですね。

そう考えると、ぷちますという作品自体が765プロという展開において、幅のようなものを
作っていると言え、非常に大きな役割を担っている、とも言えるかも知れません。

あるいは、本来の「プロデュース」というあり方がとっつきにくい人にとっても、ぷちますの
世界観は楽しめる、ということでアイマス世界に足を踏み入れている人だってきっといるでしょう。
それはアイマスが現在模索している「新しいファンが入れる土壌」そのものであり、
その意味でも非常に価値のある存在だと言って良いはずです。


私にとってのぷちます

765プロの展開、ということは、ただそれだけで基本的には受容でき、楽しめるのですが、
このぷちますは前述のように外伝的存在であり、当然の事ですが「ぷちどる」の存在が
非常に大きくあります。そして私はこのぷちどるという存在を、あまり好んではいません

「カワイイ」という表現をすべき存在なのはわかりますが、こうしたマスコット的なキャラクターが
基本的にはどうしても好ましく思えない、というアイマス以前の感性が働いてしまうのです。

また、漫画本編の話として、ギャグがそもそもあまり面白いと思えない、ということもあります。
これもまたアイマス以前の感性の問題、ということになってくるのですが…。

だからといってこのぷちますを「嫌い」かというとそうはなりません。ぷちどるの存在も、
ギャグとしての面白さも、プラスには働きませんが、マイナスにもならないから
です。
そして765プロのアイドル達の存在は、ただそれだけでプラスになる、ということで、
結局のところこのぷちますも他の765プロ展開同様に十分に享受し、楽しんでいる形です。

CDシリーズはドラマも含めて全て購入し、ブルーレイもあの悪しき1期の別特典商法に
見事に引っ掛かり、「コレクターズエディション」と「リミテッドエディション」両方を購入。
当然2期BDも、もちろん原作コミックも…ととりあえずのところは全て抑えている感じです。

その上で、ぷちどるもギャグも楽しめず何を具体的に楽しんでいるかと言えば、それはやっぱり
アイドル達で、アニメや他のコミカライズでもあまり描かれない彼女たちの日常を、
たとえキャラ的にデフォルメがあったとしても、それはそれで楽しんでいる
、という形です。

あるいは、CDの楽曲ももちろんそうで、いずれもテーマが明確に決まっているからか、
本編の楽曲とはややタイプが違うように感じることもありますが、それはそれで楽曲の
バリエーションとして楽しめていて、特に「Princess Snow White」「SWITCH ON」あたりは
それぞれの個人曲の中でもかなり高く位置づけられる程にお気に入りの曲
となっています。

ということで、本来の「ぷちます」の楽しみ方とは違うのかもしれませんが、自分なりに
この展開を楽しめていて、今後も続いて欲しい展開でもあります。


この「ユートピア」がいつまで続くのか、不変であり、普遍の存在として3rdVISION以降も
あり続けるのかはわかりませんが、アイマスの、ある意味での「多様性」「余裕」の象徴として、
独自の世界を守り続けていってほしい
、そう願っています。

「ぷちます」という世界 前編

kage

2014/09/27 (Sat)

アイマスは現在765、876…、と大きく5展開が存在していて、うち876以外が稼働中と言えます。
しかしそれとは別にもう一つ稼働している展開があって、それが「ぷちます」となります。

これは5展開の分類的に言えばもちろん765の展開なわけですが、「アイドルとプロデューサーの
関係性」の物語とは異なるもので、「番外編」と表現でき、そうすべき展開
でもあります。

しかし番外編と言いながらも2度のアニメ化や2度のCDシリーズ展開、独自のイベントなど
非常に幅広く展開しており、番外編と呼ぶにも惜しい程の厚みすらあるものとなっています。

そんな「ぷちます」とはどういったものなのか、少しばかり見ていくこととします。


「ぷちます!」とは


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2008年9月漫画雑誌「電撃マオウ」にて連載が始まった、アイドルマスターのスピンオフ漫画で、
765プロのアイドル達にそっくりな謎の生き物「ぷちどる」達と765プロのアイドル達との
生活を描いた4コマギャグテイスト漫画…なのですが、元々は作者の明音さんが自身の
ホームページにて書いていた二次創作であり、それがいつのまにやら公式化
、という
他の展開とは全く違った経緯があり、その意味でも異色の作品と言えるものです。

その公式化の詳しい経緯については定かではありませんが、2007年10月段階でニコニコ動画に
漫画がアップされたことなどが要因ではないかと考えられます。それこそ、当時は「ニコマス」の
全盛期であり、08年2月発売のL4Uに至っては「ニコニコ用ソフト」とすら言われた程でしたし、
そこでの注目を受けて云々…という話があったのではないかと考えられます。

そしてこの後公式の流れとしてはSP展開となり、貴音がアイマス世界に加入、ということに
なるのですが、ぷちますにおいては、この二人は明言こそされませんでしたが、公式のまま
961プロ所属扱いというのが当初の対応でしたが、SP本編のようなライバル扱いにはならず、
作品の雰囲気のままゆるゆるの関係性
。そしてこの二人のぷちどるもあわせて登場しました。

さらに2ndVISIONに突入し、二人が正式に765加入、そして全てのキャラが1歳歳を重ねて
モデルチェンジ、となったのですが、ぷちますはそれをせず、「1stVISION」のキャラ設定のまま
今に至っています
。キャラ設定に限らず、世界観としても2nd~の存在である876プロや
シンデレラ、ミリオンといった存在も出てこず、その世界観は不変の存在であり続けています。

その不変の世界観ではあるのですが、元々のキャラ設定というか性格が、本来のキャラから
かなりデフォルメされた形になっていて、例えば春香はより芸人気質に、千早は恐ろしいまでに
砕けた感じに、やよいは誰よりも逞しくなり、伊織はとんでもなく不憫に…といった感じに


そんなデフォルメされたアイドル達とぷちどる達とのゆるい世界観が描かれ続けるのが今作な
わけですが、ドラマCDを経て、既に2度アニメ化し、音楽CDシリーズも2つ発売されています。

言うまでもなく765本編は1度しかアニメ化されておらず、超短編のWEBアニメとはいえ
13年1~3月、14年4~6月と2期が既に描かれたのは驚嘆すべき事態とも言えるくらいであり、
合わせて発売されたCDシリーズも1期はソロ(亜美真美はデュオ)で計12枚、2期はペアで6枚、
と大量に発売されており、これ単独でも十分すぎるほどのマルチ展開はなされており、
その独自の世界観を完璧なまでに構築し、不変たらしめているとも言えるような状態です。


続きます。


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「アイドルマスター XENOGLOSSIA」とは何だったのか? 後編

kage

2014/09/25 (Thu)

多様な展開と失敗と

今作の世界線を決して一回限りのお遊びで終わらせようとしていたわけではない、
「PROJECT IM@S」の一角としてしっかり据えようとしていた、と言える理由としては、
アイマス本編にも勝るとも劣らない各種多様な展開がこのゼノグラシアでもなされていた
ということがあげられます。つまりは各種メディアミックス、ということです。

音楽CDはもちろんのこと、ドラマCD、漫画、小説、さらにはラジオまで放送されていた
状態であり、これ単独でも立派すぎるほどの展開が広げられていたわけです。

うちラジオについては1年近く続くなどもしたようですが、結局のところのこのゼノグラシアと
いう展開自体に対する評価が厳しく、このラジオが終了する08年頭頃までには各種展開も
全て終了することとなり、それ以上何もなされることがなくなった、ということになりました。

要するに展開として失敗したから切り捨てられた、という話であり、その後アイマスが
ここまで異彩を放った展開をすることもなく、「アイドルの物語」だけに収束していきます


万に一つゼノグラシアが「成功」を収めていたのならば…今現在の「アイドルの物語」とは
異なった「アイドルマスター」が展開されていた可能性は十分あるでしょう
。確かに
「人気声優」「推していきたい声優」が名を連ねた展開では今のようなライブ・イベント展開が
できず、そもそもライブそのものは「アイドル」でない以上やらなかったかもしれませんが、
別の方向性で、例えばアニメ二期なんて形なら十分展開のしようはあったはずです。
しかしもしそちらのほうが「アイドルマスター」のメインに据えられるようなことがあったならば、
それは有象無象のアニメ作品と大差なく、早々に終わるコンテンツにもなったはず。

アイマスがそんなことにならなかった、ゼノグラシアが明確に否定されたのは、もちろん原作が
アーケードゲームで、そこから360に移植した流れがメインだから、というのが大前提で、
このゼノグラシアのような展開をファン(P)はアイマスに求めていなかった、ということです。

それはつまり「アイドルマスター」とは「アイドルの物語」であり、「アイドルとプロデューサーの
関係性」である、要するに現在の「アイマスらしさ」である
、ということが求められた、
とも言い換えられる事でもあります。大事なのは「アイドルマスター」という言葉でも、
「アイドル」という言葉でも、「天海春香」という名称でもない、ということですね。


XENOGLOSSIAがアイドルマスターにもたらしたもの

今現在この展開は全くなされていないという事実を見れば、「何ももたらしていない」と
言うことはできるかもしれません。アイドル達のキャラ設定などを引き継いだ部分もなければ、
ゼノグラシアオリジナルキャラが出てきたということもなく、楽曲が使用されたこともありません。

しかしながら、アイマスの公式ホームページがリニューアルされた際にゼノグラシアが「アニメ」の
ページに掲載されたように
、完全に歴史から抹消したい存在、というわけでもないはずです。

それこそ、アニメにおける「無尽合体キサラギ」はまさにセルフパロディとも呼べるもので、
L4Uのアニメ段階から「ロボは?」などとネタ的に言われ続けてきたことを逆手にとっての
演出であったともいえ、その意味では最大限の有効活用をしているとも言えます。

あるいは、ごく少数かもしれませんが、ゼノグラシアからアイマスの世界に足を踏み入れた
Pだっているかもしれず、そうした層の「入口」を歴史から抹消するわけにはいかない

という想いが公式ページへの掲載、という形につながっているのかもしれません。

そして何より、「アイマスらしさ」を確立し、その後はその意味では「ブレ」を起こしていない、
という事実こそが、ゼノグラシアが最もアイドルマスターに貢献したポイント
とも言えるはずです。

確かにDSは定義上は「アイマスらしさ」はなかったかもしれませんが、少なくとも「765らしさ」を
継承した展開でありました。「9.18」は明確な失敗だったのは確かでしょうが、「アイマスらしさ」
という意味においては軸をブラしたわけではなく、その意味で間違えた展開ではありませんでした。

そう考えれば、コンテンツがまだまだ若く、小さかったうちにハッキリと失敗をしたことで、
「やってはいけない事」を身を持って実感した
、このことが重要だった、ということです。

コンテンツが成熟した段階での失敗がもたらす悲劇というのは、それこそ前述の「9.18」が
証明しているわけですが、これについてはまた別のお話、ととりあえずは言えますからね。

とにかく、ゼノグラシアは確かに現在に直接何ももたらしていないように思えますが、
こうした経験こそが「アイマスらしさ」を確立し、そしてアイドルマスターをしっかりとした
ブランドとして定着させていくことにつながった、と考えれば、この展開はアイマスの歴史に
おいては間違いなく意味のあったものであり、今にもつながっていると言えるはず
です。


私にとってのXENOGLASSIA

私は360からのPであり、ちょうど発売直後にニコニコ動画にてアイマスというコンテンツと
出会ったのですが、もちろんいきなり「プロデューサー」を名乗れたわけでもありません。
最初は少しずつ「アイドルマスター」というコンテンツについて知ろうとしていて、その時期が
ちょうどこのゼノグラシアが放送開始となる時期であり、そのまま試聴することになりました。

もちろんその段階でアイマスが「アイドルの物語」であることはわかっていて、ゼノグラシアが
異色の展開をしているのはわかっていましたが、それでも「アイマス」自体への思い入れや
考え方が確立していたわけではなかったので、それほど違和感なく観ることはできました


ただ、最大の問題としては、単純にアニメ作品として面白くない、という感想がまず出てきて、
2クール目にはダレてしまった、ということが正直ありました。それでも最後の最後までちゃんと
観よう、という気持ちがあり、観終えましたが、やはり単純につまらないものでした。

その後、ニコニコ動画であり、CDであり、そして360のゲームそのものでありに深く触れていく
ことで、「あれはやっぱりおかしかった」と明確に思えるようになっていったわけですが、
恐らくはアーケードからのPが感じたであろう「失望」のようなものは感じなかった
わけです。

だからこそ、作品自体に対する恨み辛みもありませんし、前述の通り、ある意味では歴史上
必要な展開であり、「今」にしっかりと貢献してくれている、と感じられることもあります。

シンデレラのような作品を否定している私の感性からすると、完全にプロデューサーと
なった時点でこのゼノグラシアと出会っていたら、猛反発をしていたであろう
と予測ができ、
「嫌いなもの」と位置づけることにもなっていたはずで、そうならなくて良かったとも思えます。
だからその意味でも、早いうちにこの「失敗」をしてくれていて良かった、とも感じています。
「嫌いなもの」なんてものは少ないに越したことはない、これは確かですからね。

今後、たとえ「3rdVISION」になったとしても「XENOGLOSSA 2期」がお目見えする可能性は
事実上ゼロだと思いますし、こういう歴史もあったのだと、その事実だけを噛みしめて
「今」を輝くアイドル達をプロデュースしていきたい、そう思っています。

「アイドルマスター XENOGLOSSIA」とは何だったのか? 前編

kage

2014/09/23 (Tue)

さて、アイマスは現在765、876、シンデレラ、ミリオン、そしてSideMと大きく5展開が
存在しているわけなんですが、そのうちのどこにも属さない異例の存在、というか
文字通り黒歴史としてアイマス史に名を残した展開があります。
そう、それは「アイドルマスター XENOGLOSSIA」というアニメ展開です。

今となってはもはやネタでしかない存在ではあるんですが、「アイマスらしさ」
微塵も存在しないこの展開は一体何だったのか
、今改めて考えてみたいと思います。


「アイドルマスター XENOGLOSSIA」とは


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2007年4月から9月にかけて全26話、2クールをかけて放送された、サンライズ制作による、
史上初の「アイドルマスター」の名を冠したアニメ作品…であるわけなんですが、
アイドルの設定や世界観の設定が通常のアイマス世界とは大きく異なることがポイントとなります。

まず世界観としては、アイドルとしてトップを目指すストーリー…なんてものでは全くなく、
近未来を舞台に、「iDOL」(アイドル)と呼ばれるロボットを少女たちが操縦し、崩壊した月から
降ってくる隕石を除去する…というハッキリ言ってこの時点で全く意味不明の設定


もちろん除去作業がメインというより、ロボット同士のバトル、少女同士の人間関係、といった
あたりにストーリーの主眼が置かれていくことになるわけですが…そういう問題でもありません。

そしてさらに問題となってくるのが、アイドルのキャラクターについてです。
ここで言う「アイドル」とはもちろんロボットのことではなく本来のアイマスのアイドル達です。

メンバーとしてはアーケード時代の10人だけであり、既に発売されていた360より加入の
美希や、小鳥の存在はありません。では10人についてしっかり描写されたかというと…。

最大の問題となるのは、なんといっても「声優が違う」ということになってきます。
今作では天海春香が主人公であり、本来の「メインヒロイン」の体裁をその意味では保っては
いますが、声優は中村繪里子さんではなく、井口裕香さんである、これは大きなポイントです。

春香以外の9人についても声優は全て本来の顔ぶれとは異なり、亜美真美は別々の人が
演じている、ということもあります。そしてその声優の面々というのが所謂「人気声優」と
言われる声優や、あるいはこれから売りだそうされていた声優であり…
ということも、ですね。

そして違うのは声優だけではなく、キャラクター性自体が大きく異なります。
それこそ、春香なんかは年齢や体格の設定や性格は本来のものと大きくは変わらないのですが、
他のメンバーは年齢から体格から性格まで、非常に多くの設定が変わっており、残っているのは
ビジュアルのイメージと名前だけ
、とすら言える状態であるものも少なくありません。

例えばやよいは年齢が15歳になり、体格は春香以上にグラマーになり、そして性格は姉御肌に。
雪歩は大人しい性格はそのままでありつつも、体格は貧層とは真逆の立派なものに。
は体格的にはそれほど大きくは変わらないものの、非常に厳しい性格に…といった具合に。

ここまでキャラ設定が違うのだから、声優はむしろ違って良かった、と言って差し支えない程に
大きな差異があって、「スターシステム」だとしてもあまりにも…というくらいにも感じられます。


「PROJECT IM@S」の一つとして

ここまで既存アイマスと違ったこの「XENOGLASSIA」とは一体何だったのでしょうか。
当時すでに発足していた「PROJECT IM@S」においては一体どんな位置づけだったのでしょうか。

今作は、公式側からも視聴者側からも「『アイドルマスター』のキャラを使った『舞-HiME』」と
いう表現がされる作品であり、公式側の見解としては、ゲーム版に準拠した世界観ではアニメ化が
できない
、というところから作られた作品である、というのがもっと端的な説明とは言えます。

後にアイマスは原作の世界観に忠実にしっかりアニメ化され、サンライズはアイドルアニメとして
ラブライブを制作し、成功を収めた…という後日談があるため色々と勘繰りたくなる部分もあって、
必ずしも公式の見解を鵜呑みにすべきでもないのかもしれませんが…。それこそ、声優陣の
メンツなどを見ても、「オトナノジジョー」が色々とあったのでは、とどうしても感じます。

声優という観点では、嘘か本当か中村さんらもオーディションを受けたが落ちた、というような
話もあり、単なる噂話に過ぎないレベルではありますが、どうにも気になる部分でもあります。

ただ、そういった事を色々と鑑みて一つ考えられるのは、現在と当時とでは「PROJECT IM@S」の
あり方自体が全く別のものだった、別のものにしたかった
のではないか、という事です。

現在では「アイマスらしさ」とはつまり「アイドルとプロデューサーの関係」であって、これは
当然ゼノグラシアでは全く存在しない概念ではあるんですが、次の「別の世界線」であったDSも
含め、「アイマスらしさ」「PROJECT IM@S」が今現在とは異なるのでは、と感じられます。

つまり、当時の「PROJECT IM@S」は、プロデューサーがどうとか、ということではなくて、
「天海春香」らのキャラクターの概念が様々な世界線で活躍する、「アイドルマスター」という
言葉が中核に据えられる、といったようなプロジェクトであり、そのうちのひとつが
このゼノグラシアだったのではないか
、とも感じられるのです。つまりは、今作がもし「成功」を
収めていたのならば、同様の展開が他にもなされていた、ということです。

もちろんこれは全て妄想に過ぎないわけですが、そこまでの事がない限りは、ここまで全く異色の
世界観が描かれるとはやはりどうしても思えません。当時は360の発売直後であり、アニメの
制作期間はそれこそ発売前からのはずであるわけで、アイマスというブランド自体がまだまだの
存在であり、その先どのように転ぶかは全くわからない、といった状況であった事を踏まえても。

続きます。

劇場版アイドルマスター VideoM@ster版 公開開始!

kage

2014/09/20 (Sat)

さて昨日より劇場版の「VideoM@ster版」が公開開始になりましたので、
本当にザックリとだけ早速観てきた感想を含め少しばかり書こうかと思います。

今作の公開自体については9th名古屋一日目に情報が解禁されたわけなんですが、
元々の公開劇場数39よりさらに多い40、ということも含めて、全く想定外の事態であり、
私としてはあまり現実味のない感覚のままこの公開に至った、という気分でもあります。

初情報時点では発表されていなかったものの、案の定あった舞台挨拶については
平日昼という条件がやはり厳しく参加はできませんでしたが、これまでの流れを
考えれば今後またある可能性も全くないわけではない
、と期待はしておきます。

これまでの流れというのは特典も含めてであり、さらにはグッズも含めて、ですね。
特典はまずはフィルムということでジャブ程度の感じもしますが、残り2発には
どんな手を残しているのでしょうか。いずれにしても前売り券の使用はやはり困難…
さらには3週目は9th東京公演と丸被りというSSA以来の事態も待ち受けています…。

さて、グッズは基本的には私はあまり買わない主義なのですが、パンフレットだけは
またしても手を伸ばしてしまうことに至りました。見事に罠に引っ掛かった形ですね。


そして肝心の映画本編についてですが、もちろん内容自体は以前のものと変わりません
ただ、当然ハッキリとわかる修正点というものもあって、合宿初日のレッスン後、体育館から
出てくる際の亜美真美であり、事務所でのPと春香の会話の際の色が変わるPS3であり、
Pが読んでいた閉じたり開いたりする週刊誌であり、最後の空港での色が変わる
春香のリボンであり…
といった明らかなミスはしっかりと修正されていたことは確認できました。

それ以外にも全体的になんとなくブラッシュアップされていたように感じられましたし、
例のプチシューのヌルヌルについても心なしか弱まっていたような気がしないでもないような…。

VM版は当然BDに収録されるバージョンであり、本上映の際のものと並べて実際に比較することは
できないわけで、何とも言えない部分も多いですが、それはまぁ仕方ないというか、当然ですね。

さて、今作自体、約半年ぶりに観たことになるわけですが、この半年間、アイマスにおいても、
自分自身においても変化・進展があったわけで、少しばかり感じることが違う部分もありました


具体的な変化・進展とは、OFAの発売・プレーであり、ミリオンライブの登録・プレーであり、
ミリオン1stライブであり、そして9thライブ大阪・名古屋公演であり…といったあたりになります。

ミリオンについては結局のところ美奈子をメインに、という観方になるのですが、ミリオンの
ゲーム本編はもちろん、漫画版3巻の特典であったり、あるいはミリオンライブ内での
ボイスドラマであったりを通して、よりキャラクターの掘り下げを感じられた上での観賞に
なったため、他のメンバーについても、以前以上に思い入れを持てたのは確かです。

765については思い入れというレベルをとっくに超越しているわけですが、OFAでの
オールスターライブと、映画でのライブでの円陣シーンのリンクというのをやはり感じられ、
ライブシーンをより重みを持って観ることが出来たように思います。まぁ、やっぱり
律子がいない、という事実については非常に辛いですけどね。OFAとの差でそれはさらに…。

今回のVM版をもってして今作そのものへの感想や評価が変わったり、新しくメッセージを
受け取ったりができたわけではありませんが、素直にまた楽しめたのは良かったです。


そして今回はサプライズとして、本編上映後にアニメ版シンデレラの新PVも流されました。
BGMに使われた曲は「メッセージ」という既存曲のようで、アニメ用新曲ではないとのことですが、
映像自体はもちろん新規のもの。確認できたアイドルはメインの3人だけではありましたが、
やはり200人を…は当然ないでしょうが、声ありアイドル全員をバランスよく扱うわけではなく、
この3人をメインにしてやっていくのだろう、と感じられるような内容
になっていました。

PV段階であっても、765でこのような扱いの差を出すと相当の批判を浴びそうなものですが、
シンデレラではこれが許されるものなんでしょうか…
というのは少し気になるところです。

また、ビジュアル自体は妙に美麗過ぎるというか、映画の765の絵とも、杏仁豆腐さんの絵とも
随分違う印象を受けました。特に目のあたりが非常にキラキラし過ぎているというか…。

「シンデレラ」のタイトル通り「夢を見る」ことに主眼を置いた結果のデザインなのかどうかは
定かではありませんが、個人的にはあまり好きなデザインではないな、と感じました。
これはシンデレラだからどうこう、ではなくて、765でもこのデザインはちょっと…という話です。
そのことと、このアニメ版シンデレラを見るかどうかはまた別の話ですけどね。


とにもかくにも、再び映画館に通う日々が戻ってきたのは事実です。
前回の本上映時には15回観て、今回は現時点で2回。残り4回観れば765の13人+小鳥+
ミリオン7人の計21人分、となるので、これを目標にしていこうかな、と思案中です

もはや何を目標としているのか自分でもよくわかりませんが…特典もあるのでなんとかなるかと。

そして上映期間の終わりにはBDが遂に発売。特典映像やオーディオコメンタリーも含め、
さらに楽しむことができるはずで、こちらも当然非常に楽しみにしています。


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(2014/10/08)
不明

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876プロという物語 後編

kage

2014/09/17 (Wed)

「その後」の876プロ

ゲーム発売後の大きな展開としては、事前発売の「00」も含めた「DREAM SYMPHONY」
という音楽CDシリーズ
があり、「01」~「03」まで、一人一枚ずつ発売されることになりました。
DS版「MASTER ARTIST」とも言えるシリーズであり、ゲーム収録の個別曲の他、完全新曲、
そして765のカバー曲、もちろんトークも収録されており、ボリューム感は満載。
特に完全新曲はゲーム収録曲とも異なった3人の魅力が感じられる良曲となっています。


THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 00 “HELLO!!”THE IDOLM@STER DREAM SYMPHONY 00 “HELLO!!”
(2009/09/09)
水谷絵理(花澤香菜)、秋月涼(三瓶由布子) 日高愛(戸松遥) 他

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それ以外の展開だとコミカライズがあり、3人別々に1作品が、ゲーム発売前から連載を開始。
の「Splash Red」絵理の「Innocent Blue」の「Neue Green」は各3巻まで発売され、
非常に魅力的なストーリー漫画として全てしっかりとエンディングまで描かれています

しかしDSの展開と言えるものはここまでであり、これ以上彼女たち独自の物語が展開される
ことはなく、今日に至っています。DS制作のメインスタッフがバンダイナムコを去った事が
主な理由だと考えられますが、結局のところ商業的な成功が収められなかった事が
そうなった要因と言わざるを得ないでしょう。もちろん真相はどうなのかわかりませんが…。

とはいうもののこれに伴って876の「全て」が終わったわけではありませんでした
スターシステム的ではありましたがアニメでのゲスト出演に加え、SFにも同じくゲストで登場。
さらには「2」においてDLCでHDグラフィックで登場したときには876のPからの歓喜の声は
凄まじいものがありました。間違いなく待ち望んでいた人はいたわけですからね。

そしてSSAライブで戸松さんが参戦したことで本当に「終わっていない」事は強くアピールされ、
OFAにおいてもライバルとして立ち塞がり、そして待望の「"HELLO"」がDLCでも出されました。

「アイマスFebri」での「終わりがなければ永遠になる」というのはまさにこの876の現状であり、
もちろんDSのPからすれば歯がゆいのは間違ないないでしょうが、だとしても「終わり」とされない
以上は今後にも何かしら期待できる、という状態であるのは確かなはずです。

現実としてまた876プロの物語が描かれるかどうかは相当に厳しいとは思います。
しかしもちろん絶対にあり得ない話ではわけで、それこそまた「3rdVISION」のトップバッターと
して「3DS」で再び物語が動き出す、という夢を見るのは悪い事ではない
でしょう。


876プロがアイドルマスターにもたらしたもの

確かに、876は商業的には成功しなかったわけであり、現在単独では稼働していないのも事実です。
だからといってアイマスにおける876の存在が軽いものかというと、それは決してないでしょう。

765のアイドルの設定こそ変わる前でしたが、「2ndVISION」の先頭バッターとして、
「765以外」の可能性を展開したのは紛れもない事実
であり、今日のシンデレラやミリオンへの
布石とも言えます。それこそ「後輩」というあり方は、ミリオンには直結する話でもあり、
765プロの立ち位置を考える上で全く意味のなかったものだとは思えません。

また、それは同時に「アイマス=765」の図式を壊したということでもあり、ある意味では
アイマス史上最大級の変化をもたらした存在であった、という言い方も出来ると思います。

876プロという存在は、それ自体がもちろん魅力的ではあるんですが、その魅力以上に、
アイマスという世界を変えた、という事実がとてつもなく大きい、私にはそう感じられます。


私にとっての876プロ

ということでここまで876プロの歴史について、私なりですがざっくりと見てきました。
現在シンデレラを批判し、ミリオンを許容し、SideMに見向きもしていない私がこの876を
どう捉えているかというと、非常に好意的に見ています。それこそ、下手すればミリオン以上に

これは昨日今日そうなったのではなくて、一番最初にお披露目されたときからそうで、それが
今に至るまで変わっていない、ということです。もちろん最初は戸惑いがあったのも事実ですが、
少なくともシンデレラやミリオンよりはずっと丁寧に最初から彼女たちの、DSの紹介がなされ、
「次はこれで行きます」という姿勢が明確に見えた事、それでいて「765にとって代わるわけでは
ない」というのもわかった事、そして3人のアイドル達が魅力的に感じられた事、そういったことを
トータルでみた時に、「765と同等」とは言わないまでも、十分に好意的な存在となりえた
のです。

もちろんソシャゲーではなくてコンシューマ、多数ではなくてごく少数の人数、といったあたりも
当然重要なポイントになってきて、第一印象が決定的に違う、ということももちろんありました。

というか、「セルフプロデュース」という形とはいえ、コンシューマで一人ひとりをしっかりと
プロデュースできたという実感・実績は圧倒的に強力であり、この点において現在ミリオンは
全く及んでおらず、勝負にすらなっていない
、と感じる程の格差が自分の中にあります。

だからこそ、876が現在各種展開でゲスト的ではありますが、出演してきている現状は
嬉しいですし、やっぱり「3DS」という可能性もあって欲しい、と願ってもいます。

気がつけば2009年9月17日のDS発売からちょうど5年となった今、彼女たちと過ごした時間は
決して濃密ではありませんでしたが、間違いなく私のプロデューサーとしての活動履歴において強く
軌跡を残しており、たとえこれから何もなかったとしても、その輝きが失われることはありません。

876プロという物語 中編

kage

2014/09/15 (Mon)

見えない方向性とその結果

ということで初めて765ではない世界を中心としたアイマス展開となったDS、
販促の方向性もこれまでとは異なり、少女漫画雑誌「なかよし」などで特集記事が組まれるなど、
既存の「オタク向け」よりさらに展開を広げ、ファン層の拡大を狙っている節
がありました。
この展開なんかは「プリキュア」の逆バージョンを目指したようにも感じられます。

しかしながらCEROは「C」であり、「15歳以上対象」というチグハグな状態に。
別にCEROは法的な強制力があるようなものでもありませんが、この方向性は明らかに誤りだった、
と言わざるを得ない結果になってしまったというのは事実につながってしまったのです。つまり、
ネタでしかなかった「プロデューサー女子小学生説」はネタ以上にはならなかったわけです。

一方で、それこそ現在のシンデレラやミリオンのような、声優側からのファンが獲得できたかと
いうと、それもほとんどなかった
ように感じられました。これが失敗した理由について、私には
はっきりしたものはわかりません。当時、現在よりもまだまだ「ニコマス」に勢いのあった時代に
おいて、「たるき亭」という公式チャンネルで声優3人が出演する番組を発売前に複数回放送する
力の入れようだったにも関わらず、これがものの見事に不発に終わってしまった
わけです。

「誤っていた」「失敗」「不発」なんてフレーズを先に使ってしまいましたが、要するに売り上げが
芳しくなかった、というのが結果になります。前作SPは3作累計で20万本前後だったのに対し、
DSは5~6万本、という数字
。SPは3本だから、という話が一つ大きくあるのは確かですが、
ニンテンドーDSという、当時圧倒的強さを誇ったハードにおいて、新規層の獲得を失敗しただけで
なく、既存層すら連れてくることができなかった、といえる数字になってしまったのは確かです。

こうなってしまった理由は何か、何が悪かったのか、と考えると色々とあげることは可能です。
美麗なビジュアルをウリにし、PSPにおけるSPでは体裁を保てたモノがDSでは破綻した事、
プロデューサー不在という物語のあり方、子供層狙いに行ったことにより幼稚さを感じさせた事、
そして結局のところアイマスのPが愛していたのは765のアイドルであった、という事

こういったことが積み重なった結果が、売上上の失敗につながってしまったのだと思います。

だからといって作品がどうしようもない駄作だったわけでもないし、アイドル達の輝きが
ボヤけていたわけでもない。それは確かであり、このDSならではの魅力は間違いなくありました


876プロという世界の魅力

アイドルの魅力というのがアイマスのキモであるのは言うまでもありませんが、その意味で、
876の3人が765の13人に見劣りした、ということは決してないと私は感じています。

765の13人とは決して被らない個性を持ちつつも、同じ世界観で生きるメンバーとして
過不足のないバランスを保っているという意味では、実に見事なキャラだとすら思います。

春香とは違ったタイプでありながらも、どこまでもまっすぐなメインヒロイン、
引きこもりという強烈な個性を持ちつつも、実に綺麗なバランスを持った絵理
アイマス史上かつてない「禁じ手」を使いながらも、嫌われるどころか愛される存在となった


メインの一人ひとりが魅力的であるのはもちろん、この3人の団結の強さもまた876の魅力です。
もちろん団結というのは765プロの象徴であり、13人の結びつきは絶対的でありますが、
876の3人は3人という少人数だからこその圧倒的な絆の強さがあり、それがゲームのシナリオで
しっかりと描かれている、各種展開でもそれが軸になる
、というのが大きなポイントとなります。

また、メインの3人以外にも、石川社長、日高舞、岡本まなみ、尾崎玲子、サイネリア、桜井夢子、
武田蒼一といったサブキャラクターもそれぞれが魅力を持った存在です。765においてはほとんど
サブキャラクターは存在自体していないために、余計にこのメンバーの個性が強く感じられます


ゲーム自体においては、最大のポイントはもちろん「プロデューサー」という存在が無いことで、
セルフプロデュース型、つまりはアイドル自体がプレイヤーキャラクターになる
ことがあります。

これ自体賛否両論あってしかるべきで、現行の「アイマスらしさ」とも外れているのですが、
新鮮といえば新鮮な形でありますし、必ずしも否定されるべきものでないのは確かだと思います。

ゲームのジャンル自体がシミュレーションではなくアドベンチャー、という形であり、難易度自体も
非常に低いものでしたが、マルチエンディングシステムであり、ボリュームという意味では十分。
アーケード→360→SP→DS、とどんどん難易度が低下しているのは事実であり、古参のPから
すれば不満の出るところではあったかと思いますが、これはこれで良かったのではと私は感じます。
まぁ、一応女子小学生をターゲットにしていた、ということも鑑みて考えれば、ですね。

そしてシナリオについても、それぞれの個性がフルに発揮されたものになっていますし、
何よりも個別の楽曲がシナリオの非常に重要な部分を担う、というあたりがポイントになります。
つまりはの「ALIVE」、絵理の「プリコグ」、の「Dazzling World」といった楽曲ですね。

シナリオと楽曲が結びつくというのはそれまでの765にはなく、まさに今現在のOFAのDLCで
実装されている形であるんですが、この形だと楽曲そのものに強い思い入れが出来るようになり
ますし、ライブステージでの披露というのが何よりもドラマチックに展開されることになります

個人的にはここがDS最大のキモ、といってもいいくらい素晴らしい構成だとすら感じています。


こうした魅力をいくつも持ったのが876プロという世界であったわけですが、しかしながら
興行的には成功を収めることがなく、「その後」は非常に厳しい展開となっていきます。

続きます。

876プロという物語 前編

kage

2014/09/13 (Sat)

「アイマスらしさ」の記事において、「876だけは『アイマスらしさ』の定義に合わない」と
書きました。現在この876単独の展開というのは事実上何もないわけなんですが、
そもそもこの876プロ、DSとはアイマスにおいてどういった立ち位置の展開であり、
どのような歴史があるのか
、といったことについて今回は私なりに考えてみたいと思います。
Pの反応などが「こうだった」というのは、私の体感的なものである事をあらかじめご了承ください。


アイマス初の「新勢力」


アイドルマスター ディアリースターズ(特典無し)アイドルマスター ディアリースターズ(特典無し)
(2009/09/17)
Nintendo DS

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今でこそシンデレラやミリオン、SideMといった多様な展開があるわけですが、
「765プロ」以外の展開として初めてアイマス世界に登場したのがこの876プロでした。

キャラクターという意味では美希がいましたが、最初から765プロ所属でした。
プロダクションという意味では961プロ、貴音がいたわけなんですが、彼女たちは登場時は
ライバルキャラであり、プロデュース対象外。そのSPの世界線においての主役はあくまでも
765プロであり、世界線の軸そのものはそれ以前のものとは変わらないものでもありました。

876プロはその3人とは異なり、「プロデュース可能な765プロ以外のアイドル」であり、
「アイドルマスターDS」という完全新作の主役、としてアイマス世界に登場してきた
のです。
プロデュースの形式自体も765とは異なる、「セルフプロデュース」と呼ぶべき独自の形で。

彼女たちの具体的なお披露目シーンとなったのは2009年5月29日、4thライブツアーの
東京公演
でした(正確には前日発売のファミ通情報)。ここで日高愛役の戸松遥さんと
水谷絵理役の花澤香菜さんがサプライズ登場し(秋月涼役の三瓶由布子さんは欠席)、
765プロのメンバーとともに「THE IDOLM@STER」を歌う、という形で迎え入れられたのです。
そしてこのDSの展開から「2nd VISION」というアイマス自体が新ステージに入る、とも。

これに対しては当然P達の反応も強く、そして様々ありました。そのうちの一つには、
今現在シンデレラやミリオンの存在が感じさせている「世代交代」も当然含まれます

4周年という段階は、現在の9周年から見れば些細な年月にすら感じてしまいますが、
一つのコンテンツとしては十分な長生きの部類に突入しています。そしてSPという展開が
一段落し、さぁ次のステージ、という段階でこれですから、その声が出てくるのは必然。

しかしながら、宙ぶらりん感のあった貴音の存在や、美希の処遇などもあり、
その声の多さ、大きさというのは決して大々的なものでもなかった
はずです。
彼女たちをプロデュースする展開が必ずあるはずだと、そう信じられていたわけで、少なくとも、
今現在10周年を迎えるにあたっての「世代交代論」程には大きくならなかったのです。

とはいうものの、懸念の声は他にもあって、例えば声優陣が「アイマスらしくない」など
というものが一つありました。765プロの声優たちはプロジェクト開始時には名前の売れていない
メンバーばかりで、新規メンバーである美希、961プロの貴音にも新人を配しました。

しかし、876の声優3人というのはこの時点で若くして既に「売れっ子」として台頭しており、
この事実により「アイマス声優らしくない」とされた
のです。アイマス声優には他の仕事より
何よりアイマスを優先してもらって、二人三脚で進んでもらわなければならない、という、
言ってしまえば勝手な理想論です。もっとも、理想とはいえ現実でもある部分もあるはずですが。

そしてこの声もまた「世代交代」を強く起こさせなかったことにつながってもいたと思います。
声優の多忙さが「876の3人ではアイマスを引っ張っていけない」と思わせたわけですね。

ただ、全体的な意見としては、決して否定的なものは多くなかった、そう認識しています。
これもまた、少なくともシンデレラが出てきたときに比べればずっと、ですね。

この理由として、一つはアイドルの個性というものもありました。キャラクターが決して
強すぎない、「765らしさ」から逸脱していない
、という事です。は言うに及ばずで、
絵理はやや個性は強いですが、「逸脱」の域には達さず。は特別な属性を持っていたわけ
ですが、そこを除けばやはり逸脱したものはなく、むしろ極めて凡庸にすら感じられます。

また、765プロのメンバがー「先輩」となることについても批判的な声は多くありませんでした
アーケード、無印、L4U、SPと4年間物語を紡いできたところで、彼女たちが次のステップへ
進むことに対して、否定的な反応は示されなかった、ということですね。

もちろんプロジェクトフェアリーの3人のプロデュースは期待されていましたが、
それはそれであるはずだと信じられていた、という風潮があったように思います。

ということでそれなりに好意的に受け入れられた876の3人でしたが、待ち受けていたのは…
というあたりで続きます。

「アイドルマスター ONE FOR ALL」 プレー雑感 その5

kage

2014/09/09 (Tue)

さて、一旦総括をしたこのOFAの話題についてですが、ここで再びプレー雑感を。
理由は言うまでもなくDLCのシナリオがあったからであり、全体シナリオである
「765プロ、常夏の島へ行く」と、個別シナリオである「新たな曲」を一通り終えたところです。

状況としては12年目の夏の6周目終了時点。メインシナリオを終えてからはほとんど進めず、
そのままDLCのシナリオに突入した、という感じですね。各アイドルについては以下の通り。

双海真美…S3 IE Lv40
双海亜美…S3 IE Lv40
水瀬伊織…S3 IE Lv39
高槻やよい…S3 IE Lv39
萩原雪歩…S3 IE Lv38
天海春香…S3 IE Lv38
我那覇響…S3 IE Lv38
星井美希…S3 IE Lv38
四条貴音…S3 IE Lv37
三浦あずさ…S3 IE Lv36
秋月律子…S3 IE Lv36
菊地真…S3 IE Lv35
如月千早…S3 IE Lv35


今回は個人シナリオを4話までクリアすると、レベルキャップが40まで解放されることになって
いますが、現段階ではちょうど千早をクリアしたところになるので、個人ごとに差がついています。
この格差については次のDLCまでになんとか埋めて全員レベル40にしておきたいですね。

これまでのプレースタイルでは、一人1話ずつ、13人分終えてから次の話をまた13人分、となる
流れだったのですが、流石に今回はそうせず、一人4話+ランクアップフェスの5週分を
一気に
、というスタイルで臨みました。あまりにもシナリオがぐちゃぐちゃになりそうでしたしね。

さて、その個人シナリオ、共通テーマとして「新曲」があったわけで、基本構成は皆同じでした。
4話あることもあって、綺麗に「起承転結」となっていた感じですね。もちろん内容は一人ひとりの
個性溢れるものだったのですが、やや定型化し過ぎでは、というのも否定できないところでした。

とはいうものの、「楽曲」をテーマにしたこと自体は非常に嬉しい試みでもありました。
これまでのアイマスでは実に多数の楽曲が作られて、世に送り出されてきましたが、楽曲固有の
「ストーリー」は多くの曲にはなく、あったとしても印象としては弱いものが多くでした。

これまでのアイマス楽曲の中で最も「ストーリー」があったのは実はDSの個別楽曲であり、
そのままメインシナリオに楽曲が組み込まれているから
、というのが要因であったわけですが、
これは非常に評価の高かった構成でしたし、ここで765にも採用されたのが嬉しいところでした。

しかしながら楽曲自体のクオリティについては中々評価は難しいかな、というのが正直な
私の感想
になります。全部が全部と言うわけではありませんが、しっかりとストーリーありで
つくられた楽曲でありながらも、今一つパンチにかけるというか、印象に残りにくい感があります。

これはもちろんまだ耳に馴染んでいないからでしょうし、MA3でCDとしてフルで聴ければまた
印象も変わるはずで、それこそライブで披露されれば全くもって話は変わるとは思います。
しかしながら、あくまでも現状ではですが、MAやMSの個別曲に及んでいるとはとても…。
春香の「ステキハピネス」、美希の「Nostalgia」、の「絶険、あるいは逃げられぬ恋」あたりは
現時点でも中々に良い曲だと感じられていますが、全ての曲がそうであるかと言うとやはり…。
ただ、残り2回の個別シナリオでも楽曲についての掘り下げがなされるような伏線は既に
張られていますし、やはり耳馴染みと言う部分も大きいはずで、そこに期待しています。

また、伏線と言う意味では、美希のシナリオだけが完全に消化不良感に溢れている、というのは
気になったところ。千早貴音もややその感がありましたが…。ここは難しいところですが、
今回は今回でもう少しスッキリする終わり方をしても良かったのでは、と感じました。
そうなるとそれはそれで「定型化し過ぎ」とまた注文をつけたくなってしまいそうですけど…。

千早のシナリオについては、ただ一人非常に重苦しいネタを投入したというか、
本来はメインシナリオで語られるべきだった話をこちらにまわしてきた、という感もあり、
他のメンバーとは一線を画していると感じられます。それが悪いということは決してありませんが、
とってつけた感のある他のメンバーの話に比べると、やはり扱いの良さというのは感じます

それ以外だと、メインシナリオでは完全に空気と化していた玲音が全員のシナリオに登場し、
きちんと会話をし、印象を残してくれたのは嬉しいところでした。良く考えたらメインシナリオでは
Pとは会話しても、アイドル達とは全く会話していませんでした
からね…。
まぁ、全部「まだ本気出してないから」という話をしていくわけで、「負けた癖に何言ってるんだ」
的なところもありました
が、「勝ち負けには拘らない」と設定ならば納得でありますし、
残るシナリオでも必ず立ち塞がることも示しているわけで、今後を楽しみにしたいところです。

まぁ、だとしてもランクアップフェスの魔王エンジェルの方が明らかに苦戦する、というのは
気になってしまいましたが…。戦略にバリエーションがあるランクアップフェスと、真正面から
殴り合うしかない個人戦のフェスの違いというのはあれど、ここはなんとかして欲しかったですね。


順番は前後しますが、「765プロ、常夏の島へ行く」のシナリオも中々良いものだと感じました。
何よりもやはり複数人の掛け合いというのが嬉しいところでしたし、もちろんオールスターライブも
壮観。シナリオの導入部分が社長の謎の指令という「765プロにはよくあること」的な二次創作感
溢れる
ところは気にもなりましたが、そもそも社長がそういうキャラだから、不自然感はゼロです。

3組のアイドルの組みわけと言うのも、そもそもクインテットが珍しいというところもありますが、
これまでにないパターンで新鮮味がありましたし、それでいて組みわけ理由自体も納得モノでした。
こうなるとやはり次のシナリオ内容、組み分け、そして楽曲が楽しみであり、期待できますね。


ということでその「次」、DLCカタログ第5号の速報情報はもう出ていて、シナリオは学園祭モノ、
楽曲は「Thank You!」。そしてスペシャルアイドルは矢吹可奈横山奈緒の二人、という構成。
さらには楽曲で完全新曲「99 Nights」、とまたもやとてつもない大盤振る舞いが待っています。

全員シナリオは3本予定されていて、最後は「虹色ミラクル」だろうと予測はできるのですが、
2本目は何になるのか…と思っていらまさかの「Thank You!」
。もちろんこの13人が歌うのは
全く不思議ではないんですが、ミリオンの37人のイメージが強い曲だけに、サプライズでした。

そしてサプライズというならばやはりスペシャルアイドルが二人という構成。メンツ自体はある意味
本命とも言えるメンバーなので驚きはありませんが、一気に二人というのは全くの予想外

このまま37人一気に出る、なんてことはないでしょうが、シンデレラと人数差をつけたわけですし、
あと何人出てくるのか、そして誰が出てくるのか、というあたりは楽しみです。もちろん有力なのは
劇場版出演メンバーとメインの3人
、というのは当然あると思いますが、その中では最も厳しそうな
美奈子も、一度に二人、という構成でくるのなら…と期待は俄然高まってくるところです。

さらには完全新曲の「99 Nights」。「キミ*チャンネル」一曲で終わるわけもなかった、というので
嬉しさと安心が同時にやってきました。ダンサブルナンバーということで、どんな曲調なのか、
そしてどんなダンスモーションが展開されるのか
、非常に楽しみにしたいところです。


と非常に長々となりましたが、なにはともあれDLC5号を楽しみにして、まずはレベル上げ、
思い出貯めなど、やるべきことを進めていきたいと思っています。

「アイマスらしさ」とは何か 後編

kage

2014/09/06 (Sat)

ミリオンライブの「765イズム」

13人を含めた50人体制が「ミリオンライブ」というコンテンツである、という事実だけでも
シンデレラよりもミリオンの方が「765らしさ」に溢れているのは当然でしょう。

もちろん「765らしさ」の理由はそれだけではなくて、例えばシンデレラほどにはキャラの
個性が強烈ではないということや、50人の横のつながりをしっかりと描いていること、
競争を行わず、37人あるいは50人を可能な限り公平に扱っていること、そして声優と
キャラが最初からしっかりと結びつけられ、二人三脚体制となっていること
などがあります。

765に比べればキャラが濃いメンバーが多いことや、声優まで考えれば公平では全くない
ことなどもあるにはありますが、シンデレラと比べればより765に近いのは確かです。

故に「765イズム」を感じ取れるのがミリオンであり、シンデレラは1stライブで歌わなかった
「THE IDOLM@STER」をミリオンは1stライブで歌ったという事実も含め、公式側が
「765の正当後継者」としてこちらを指名している
、そう取るには十分な状態です。

後継者としての指名はさておいても、より765に近いからこそ、シンデレラよりもこちらを
支持する、という意見が少なからずあるのは事実であり、私も全くその通りになります。


「765プロ」と「アイドルマスター」

ここで問題となってくるのは、私も含めたそうしたP達が好きなものは「765イズム」に
なるわけで、「アイマスらしさ」ではない
、という表現が正しくなる、ということです。

もはやこれは表現の問題でしかないと言えばそれまでですが、「アイマスが好き」と
言うよりは「765が好き」という表現をしなければならない、というのは中々に辛い現実です。

もっと言えば、そもそも「765プロ」という表現で13人を示さねばならないこと自体が、
「2ndVISION」以前からのPとしては違和感がある
、私にはそうも感じるのです。

「MASTER ARTIST FINALE」において「団結」を歌ったのは当時いなかった貴音
除いた11人であり、このときの表記は「IM@S ALLSTARS」でした。
「MASTER OF MASTER」においても11人は「IM@S ALLSTARS」であったわけですが、
「BEST OF 765+876=!!」では、貴音に加え876加わり、「IM@S ALLSTARS1641」
と表記されたことにより、CDのタイトルも含めて「765」という表現が表面化しました。

そして「MASTER ARTIST 2 Prologue」の「団結2010」では13人で「IM@S 765PRO
ALLSTARS」
という表記になり、「The world is all one !!」では「765PRO ALLSTARS」
なりました。つまりはこの13人(11人)を指す表記自体に変遷があったわけです。

その転機になったのは876という存在だったわけですが、それまで「アイドルマスター」と
していたものを「765」とするようになった
、そうした変化を公式が出してきたのです。

それはつまりアイマスという世界が広がったことの証明でもあるわけですが、この変遷が
あるからこそ、当時「アイドルマスター」と呼んでいた世界=現在の「765プロ」の世界の
「らしさ」を今なお「アイマスらしさ」と呼びたい
、そういうことになってしまうのです。

しかしこれは現状では適切ではなくて、13人の世界は「765プロ」であって、「らしさ」は
「765らしさ(イズム)」であり、「アイマスらしさ」ではない
、という表現が適切になります。

結局言葉の表現の問題でしかないわけですが、「アイマスらしさ」とは何か、を考える上では
避けては通れない話でもあります。もちろん「アイドルとプロデューサーの関係性」が
「アイマスらしさ」であることは不変ですが、この13人が作ってきた物語と世界観も
また「アイマスらしさ」ではないのか、とどうしても言いたくなるのがアイマスの歴史
なのです。
「アイマス=765」という時代が間違いなくあったわけですからね。

しかしその時代というのも実は明確に定義されていて、876登場前という時代、つまりは
「2ndVISION」以前、便宜上の「1stVISION」の時代は「アイマス=765」であったのです。

しかし今の「2ndVISION」はそうではないのが現状であり、表記の変遷もそれを示していて、
「アイマス=765」ではなく「アイマス⊃765」と認識しなければならないのが現実です。


「アイマスらしさ」という言葉が示すもの

「765らしさ」は「765らしさ」でしかなく、「アイマスらしさ」ではない、という現実を元に
考えるならば、「765らしく」なくとも「アイマスらしい」展開が今後も「アイドルマスター」の
名の元に新たに進んでいくこともあるはず
です。というか、それがまさに「SideM」でしょう。
アイドルが男性ではあっても「アイドルとプロデューサーの関係性」の物語なわけですから。

だから今後もそうした展開がなされる可能性は十分あるでしょう。現実として、男性アイドルという
荒技をここで使用してしまったし、女性だけでも765、シンデレラ、ミリオンで手一杯のはずで、
「第6勢力」が生まれる可能性が高いとは思いませんが、可能性はゼロではないはずです。

それをどう受け止めるのか、というのはその展開の詳細を見なければ何とも言えませんが、
「世代交代」で現在の765の位置に来るのがミリオンでなくその「第6勢力」の可能性すらある、
といったあたりは妄想の域を出ませんが、可能性があることだけは認識しておいても良いはずです。

なんにしても「アイマスらしさ」だろうが「765らしさ」だろうが、「自分の好きな展開」を
自分なりに楽しめることが一番大事
なんだと思います。所詮言葉は言葉でしかなくて、
定義は定義でしかありません。たとえ「アイマスらしく」なかろうとも、楽しめればそれでいい、
それだけのことです。もちろん本当は「アイマス」の名を冠する全ての展開を楽しめるのが
何よりだとも思っていますし、自分もそうあれればいいな、とは思っていますが、現実には
「アイマスが好き」と言うより「765プロが好き」というのが紛れもない事実で、現状です。

「アイマスらしさ」とは何か 前編

kage

2014/09/04 (Thu)

「アイマスらしさ」の定義

「世代交代」の記事において、私はミリオンに対し「765イズム」という言葉を使用しました。
これは公式で使用されている言葉ではないし、P側からの造語としても、決して広く多く
使われている言葉ではないと思います。しかし言葉があらわす意味というものは
恐らく多くの方が理解できるようなものなのではないかと思い、あえて使用しました。

本来であれば、というか旧来であれば「アイマスらしさ」という言葉を使いたかった
ところではあるんですが、これはもう現状では当てはまらない、と判断したうえです。

なぜ「アイマスらしさ」という言葉を使えないかというと、それは言うまでもなく
シンデレラもまた「アイドルマスター」の一員であって、それは紛れもない事実だからです。

ではそのシンデレラも含めた現行の「アイマスらしさ」とは何か、ということについては、
既に公式から答えと言って良いものが出ています
。その答えが出ているのは、
これもまた「アイマスFebri」における石原さんのインタビュー記事の内容になります。

「『アイドルマスター』はこうでなくてはいけない、という風にしたくないんです。『新キャラは、
こんなキャラでなくてはいけない』とか『IPとしてこんな展開をしてはいけない』という
ルールは全然決めていないです。(中略)僕の中で唯一ある柱は、プロデューサーがいて
アイドルがいるという関係性と、プロデューサーとアイドルの距離感です」


アイマスにおける最高責任者である石原さんがこう明確に述べている以上は、
これこそが「アイマスらしさ」である、と断定するに十分であり、否定しようもありません。

この定義に則して考えると、当然シンデレラもアイマスらしく、SideMさえもそうなるはずです。
ここからズレているものがあるとすれば、それは876プロ、ということは一つ言えます。

876プロ、DSのストーリーにはプロデューサーはいません。正確には絵理のシナリオには
尾崎というプロデューサーがいますが、彼女はプレイヤーキャラクターではありません。

DSの3人のシナリオはいずれもプレイヤーキャラクター=アイドルであり、これは他の
展開とは決定的に異なっていて
、上述の「アイマスらしさ」からやはり外れたものです。

だから今現在876の展開がなされていない、なんてことは決してないと思いますが、
いずれにせよ876だけが特殊で、他4展開はいずれも「アイマスらしさ」は十分なわけです。


シンデレラガールズの「アイマスらしさ」

とはいうものの、シンデレラが初めて世に出てきたとき、「これがアイマス?」という
違和感を持った人は決して少なくないと思います
し、私ももちろんそうでした。

その理由は多数あって、例えば単純に765の13人以外のアイドルという存在そのもので
あり、あるいはそのアイドル達の過剰なまでの個性であり、あるいは765が捨てたはずの
総選挙という名の競争システムであり、といったあたりがそこに当てはまってくるはずです。
しかしながら上述の定義の上では「アイマスらしさ」を十二分に持った展開でもあるのです。

それどころか、公式側が本当は765でやりたかったけれどもやれなくなったことを
シンデレラで今やっている
、そんな風に感じ取れる部分すらもあると私には感じます。

そもそもアイマスはアーケード時代は、現在の「団結」路線とは反対の「競争」路線でした。
しかしながら360への移植、ニコニコ動画でのブームという流れの中で、「競争」から
「団結」へとシフトチェンジが図られていくことになりました。なぜそうなったかの理由については
明確なものはわかりませんが、当時Pの「古参」と「新参」間に「競争」というよりは「衝突」と
呼ぶべき事態が発生していて、その流れがコンテンツそのものとして望ましくない、ということが
あったのではないかと思います。だからこそ公式側から「団結」路線に入り、その象徴として
楽曲「団結」を、そしてメッセージとしてMAFのトークパート「社長訓示」を出した
はずです。
この辺の「団結」に話についてはもう少し細かく私は以前書いています

その後SPの美希の離脱やCD売上競争のような話で紆余曲折もありましたが、新キャラである
貴音も765に加わる、という流れでさあこれから、というときに「2」「9.18」が起きました。

「9.18」の話は細かくはここでしませんが、その中でここで大事になってくるのは、CD発売の際に
競争原理が再度取り入れられようとした、ということです。つまりは公式はやはり「競争」を
やりたかった
、ということになります。結局はP側の猛反発もあり、事実上の企画倒れに
終わったわけですが、公式側が「競争」の意識を捨てていなかったのは一つ大きな事実です。

そしてその「競争」を大々的に展開しているのがシンデレラ、ということになるわけで、
つまり「765でやりたかったけれどもやれなくなったこと」をまさに実践しているわけです。

これをどう捉えるか、というのはまさに人それぞれで、360からのPの私は実際にアーケード時代の
「競争」は体感していないし、それをアイマスに求めていないから、私はシンデレラのこの展開を
否定しています。一方でアーケードからのPでシンデレラを現在やっているという人も少なからず
いるわけで、そのP達からすればその「競争」を求めていた
、そういうことにもなるはずです。

そう考えればシンデレラこそがある意味「原点回帰」であり、「公式側の理想」でもあり、
本来の「アイマスらしさ」の象徴
、なんてことすら言えるのかもしれません。

続きます。

アイマスにおける「世代交代」の可能性 後編

kage

2014/09/01 (Mon)

「世代交代」の現実性

ということでここまでは世代交代が危惧される理由について考えてきました。
他にも細かな理由はあるとは思いますが、メインになるのはここまであげた4つかと思います。
改めてこの4つについて考えると、やっぱり世代交代は起きるのでは、そう思えてきます。

しかしながら、この考えに正面から反するのが、この9thライブでの声優陣のMCです。
平田さんが11th、12thと具体的な未来について述べたように、中村さんと今井さんが
「走り続ける」と述べたように、まだまだ765の物語は終わらない、と宣言しているのです。

思い返せば「世代交代」した場合の「後継者」が集ったSSAライブでも中村さんが
「765プロは走り続けます」と宣言していて、世代交代を明確に否定しているように思えます。

実際のところ、彼女たちは10thの先、アイマスの、765の「この先」をちゃんと聞いている
思います。普通のコンテンツならば声優にそんな先の話をしないのかもしれませんが、アイマスは
普通のコンテンツではなく、この極めて重大な局面の話を声優にしていないわけがないでしょう。

その上で、彼女らが明確に「765プロの未来はある」と宣言をしているのだから、
どんなに「未来がない」理由があろうとも、彼女たちの言葉を信じたい、そう思えるのです。

「世代交代」についてプロデューサー達が危惧していることについて、スタッフはもちろん
彼女たちもわかっているでしょうし、その状況で中途半端な言葉や嘘がつけるとは思えません。
もちろん正式なものは10thで出るのだとは思いますが、今話せる話としては、
「走り続ける」という宣言を出す
、これが精一杯の彼女たちの言葉なんだと信じる他ありません。
万一「この先」を聞いていなかったとしたら、それはそれで、この状況でこの宣言を出せるとも
思えません
し、だからこそ、聞いた上で「走り続ける」と宣言した、と捉えるのがべきと思います。

もしこれで「やっぱり10th限りで765は退陣です」と言うのならば、彼女達に嘘をつかせた
とさえ言える事態であり、とても許せるような話ではありません。そんな状態で起こる事態は
9.18の比ではなくても全くおかしくないですし、そんな事態は誰も得しません。

また、声優の話に限らずとも、そもそもアイドルマスターというコンテンツ、ブランドにおいて
現状なお765プロの存在が絶対的に大きい
、ということは間違いなくあって、
それをいきなりなくす、なんてことはやはりどうしても考えにくい話であるとも思います。

シンデレラどれほど成功し、ミリオンがどれほど台頭しようとも、「ブランド崩壊」の危機を
「最小限」にとどめる力があろうとも、その「最小限」の大きさというものは、
アイマス史上最大級で、やはり9.18の比ではない大きなクライシス
になるはずです。

そこまで踏まえた上で世代交代の可能性について考えると、その可能性が高いとは
思えなくなる、というかそんなことは絶対に起こらない
、そうとさえ思えてくるのです。
たとえ「世代交代が囁かれる理由」の説得力が強くあったとしても。


「終わりがなければ永遠になる」

これは「アイマスFebri」における石原さんの言葉なんですが、「作品世界の中で明確に線を
引いて、これはここで終わりということはやりたくない」という話から直結して出てきたものです。

これを読んで私が真っ先に思い浮かべたのはDSでした。実際彼女たちの物語は現在は全く
稼働していません。しかしアニメなりOFAなりにゲスト出演し、戸松さんもライブに出演しました。
「線を引いて終わり」にしなかったからこそこれらは自然にできたことですし、石原さんの
言葉がこのDSを指しているのはほぼ確実かと思います。他に当てはまるものもありませんしね。

その意味でも、765も同様に「ここで終わり」とはしないのではないかと、思えるのです。
何より「アイマスFebri」では「アイマスという世界は何も終わらせず」とまで明言もしています。
例えば10thライブにて「グランドフィナーレ」を迎えるのは美しい形かもしれません。しかしそれは
この言葉とは完全に矛盾していますし、この期に及んで矛盾が生じる発言はしないでしょう。

DSの場合は、ゲームを1本だけ出して、CDシリーズを1作出して、そして漫画を出して、
その漫画が終わると同時に展開は無くなり、自然な形で「稼働していない」現在に至っています。

それより遥かに濃い密度で、多様な展開がなされている765を同じようにすることがないと
いうか、出来ないと思いますが、現在の異様な密度が薄くなる可能性は十分あると思います。

それが10thにおいて何らかの「変化」に対する宣言により一気に起きるものなのか、
あるいは徐々に今の密度を薄くしていくものなのか、そこまではなんともわからない話ですが、
少なくとも何らかの「変化」については10thで発表される可能性はやっぱり高いとは
思いますし、この密度で次の5年、10年を走っていくのは現実的ではないのも確かでしょう。
けれども決して「終わり」とは宣言しない、何らかの形で走っていく、そんな未来も見えてきます。


迎えうる未来に対して

本当に10thで「3rdVISION」が発表されるかどうかはともかくとして、大きな転機になるのは
確かなはずです。765に限らず、アイドルマスターというコンテンツ全般に関して、ですね。

ここから765単独で新しい物語を描くのは前述している通り難しく、先は明るくありません。
シンデレラはアニメをちょうど終えるタイミングのはずで、次の一歩は非常に大事です。
ミリオンはLTHも終え、2ndライブも終えるはずで、更なるステップアップのタイミングです。


この状況でどう動くのか、結局のところ全ては妄想にしかなりませんが、これまで見てきた
ことから考えるならば、765プロの完全退陣はまずありえないはず、ということです。
しかしながらこれまで通りというのも難しいはずで、ミリオンと完全合流かどうかはともかく、
何らかの変化と言うのは起きてしかるべきで、765の立ち位置自体が変わるかもしれません。

具体的な「未来」の話として「PS4版アイマス」については以前から発表されていますが、
これがまた「765プロの13人をプロデュースするゲーム」になる可能性は全く高くない
はずです。
「OFA」という作品の質・量の物凄さが、皮肉にもそう考えざるをえない事態を起こしています。

「ゲーム」がメインストリームであるアイマスにおいて、「次世代据え置き機」での作品というのは
フラッグシップになるはずの展開であり、それが「3」と冠されるかどうかはともかくとしても、
この作品を軸にアイマスというコンテンツを展開していく、となるのは必然だとも思えます。

そこが765の13人の物語でないとするならば…ということで、やはり立ち位置の変化というのは
十分考えられるはずです。それこそ「アイマスFebri」でも「765プロの子が先輩として扱えるように
なった瞬間に、自分の中ではアイマスは新しいステージに突入した」と石原さんが述べている通り、
現状でのミリオンにおける13人の立ち位置、あるいはDSにおいての765の立ち位置のような、
「先輩」という位置に、今より明確に移る
、ということは十二分にありうると考えられます。

それが具体的にどういうレベルで、どういう形なのか、という話についてはやはり妄想の域を
出ないわけですが、いかなる事態が起ころうとも、それに耐える精神力を身につけておかねば
いけない
と、それは私も覚悟しています。それこそ、一部声優の入れ替えという可能性や、
あるいは一部アイドルだけの立ち位置変更、つまり竜宮小町の再来の可能性
までも。

765プロの一つの集大成であった劇場版の主題歌、そして今回の9thライブツアーのタイトルでも
ある「M@STERPIECE」の歌詞の通り、「明日がどんなに日になるか誰だって解らない」し、
「新しい幕を開け」ることになるのかもしれませんが、「NEVER END IDOL」である、
彼女たちの物語に「終わり」はない
、その言葉は確かだと、そう信じたいと思います。

いかなる事態が起きたとしても、どんなに立ち位置が変わったとしても、この13人が健在であり、
輝き続けるのならば、私は彼女たちを13人をプロデュースしていく、そのつもりです。