シンデレラ2ndライブとアニメ続報についての私見 後編

kage

2014/12/12 (Fri)

アニメについて

さて、ライブにおいて、当然のごとくシンデレラのアニメ新PV、新情報が公開されました。



http://dengekionline.com/elem/000/000/965/965735/

大きなポイントは、「346プロ」の存在と、「シンデレラプロジェクト」でしょう。
346プロについては、ネーミングはともかくとして、アニメ化においてプロダクションというのは
あってしかるべきで、当然の存在だと思います。ただ、765プロとは違い大きなプロダクションで
ある、というのは一つ大きなポイント
ですね。特に、トップアイドルも在籍している、という事実は
非常に大きな部分であるはずで、それが果たして誰なのか、というのもポイントかと。

そしてそれより大きなトピックは、「シンデレラプロジェクト」であるはずです。
つまりはこの14人が「メインメンバー」であると明示したわけで、最大のポイントとも言えるかと。

これについては「この14人以外は登場しないのか」については明確に「NO」と答えていますが、
だとしても扱いが違うであろうことは確実で、それが果たしてどうなのか…という話。

私から見れば、これは「逆竜宮小町」ではないのか、と思えるのです。
竜宮小町は、「選ばれた」3人(4人)がゲームにおいて「プロデュース対象外」になったことが
問題になったユニットで、これが9.18の最も大きな要因でありました。

このシンデレラプロジェクトは「選ばれた」14人にスポットが強く当てられる(であろう)、
という意味で「逆」、としたわけですが、要は「それ以外」のメンバーの扱いは厳しいであろう
ということです。ただ、これについてはそもそもアイドルにおいて非常に重要なはずの
「声」からして「有無」がある、というシンデレラというコンテンツ、キャラの扱いの差など
気にしない、という人たちが楽しんでいるから何の問題ない、のかもしれませんが…。

ただ、この「選ばれた」という事実は、アニメ本編内だけの話に限らず、各種展開においても
明確に扱いに差が出る(であろう)という事実でもあり、それでもいいのか
、は気になります。


少し話はそれますが、シンデレラのゲーム内で現在声がついていないアイドル限定の「総選挙」が
なされている
とのことで、そこで1位になったアイドルには新たに声がつく、という話とのこと。

しかしいつもやっているはずの総選挙になぜか批判が起きている、というのが気になるところです。
これは「声なきアイドル」という表現を使っているのが気に食わないから、らしいんですが…。
今更何を、としか言いようがないし、事実を突き付けられるのがそんなに嫌なのものなのか、
と私には思えてしまうのですが、その私の捉え方はともかくとしても、この程度の話で
アレコレ言う人たちが、シンデレラのPの中にもいる、という現実ははっきりわかったわけです。
その状況においてこの形でのアニメ化が果たしてどう受け止められるのでしょうか


また、現時点でこのシンデレラのアニメにおいて「プロデューサー」の存在は明示されて
いませんが、765のアニメでも放送前には存在が伏せられており、この「346プロ」の規模で
「プロデューサー不在」という現実があるとは考えにくいかと思います。

その、いるであろうPが765のPのようにアニメの「一人称」を担う場合、担当するのが
シンデレラの14人であり、それ以外の百数十人は「プロデュース対象外」として
描かれるのではないか
、という話にもなるわけです。そうした描き方になった場合、
「それ以外」のアイドルの担当P(このPはアニメ内のPではなく現実のPの意)達は
それでも受け入れられるのか、というあたりについてはどうなんでしょうか。

765のアニメでも竜宮小町の存在はありましたが、ゲームほどに明確に分けられること無く、
個別回もしっかり設けられました(亜美真美は二人で一話だった、というのは別として)が、
果たしてシンデレラではどうなんでしょうね。2クールあれば14人+数人まではできるはず
ですが、その「数人」に含まれるか否か、というのも大きな境目になってくるはずです。

また、一人称Pの「担当アイドル」と「(同じ346プロだとしても)ヨソのアイドル」、これは
アニメから入るであろう新規P(ファン)から見てどう映るか、という話にもなってきます。
もちろん「アニメではあまり描かれなかったアイドルがゲームではプロデュースできる!」
という楽しみ方もできるのかもしれませんが…少なくとも「総選挙」なんてことをやっている
シンデレラにおいて人気にさらに差がつくであろう事態はどうなんですかね。

まぁ全ては前述の通り「アイドルの扱いの差なんて気にしない(むしろ担当アイドルの
扱いが悪い方が燃える)P」がシンデレラPの大多数、というのならば大した問題で無く、
少なくとも私のような立場の人間の杞憂は余計なお世話なのかも
しれませんが。

ただ、一つ言えることは、「アニメ化の影響はとてつもなく大きい」ということ。
765もアニメ化により確かに人気も上がり、コンテンツが拡大した、ということがありましたが、
全てが良いこと尽くめだったかというとそうではない、というのもまた事実です。

また、765の場合は「9.18」からの立ち直りという意味でアニメ化は非常に効果的でしたが、
現状順風満帆に見えるシンデレラにアニメ化という「火種」が投じられる、という状況は
765のときとは違う
わけで、その辺りがどう影響してくるのか、気になるところです。


私のアニメに対する姿勢

…ということでアニメについて少し考えてみましたが、このアニメ化が決定した時点では、
そもそも「観るか観ないかも未定」という状態
でありました。

そしてその放送を目の前にする今の段階では「観る」という予定でいます。
その理由についてはいくつかあるのですが、最も大きな理由については伏せます。

「『アニメを観るための余地』を自分の中でつくることを目標にする」とした目標が
達せられたというか、達せられそう、ということだけは言えますが、具体的にはなんとも。
一つ言えるのは、シンデレラというコンテンツそのものに対する姿勢が変わった、
それこそ軟化したわけではなく、全く別の要因が視聴の余地をつくりだした
、ということです。

もちろん観る理由はそれ一つだけではなくて、例えばこのブログにおいて、シンデレラを
観ての私の感想が知りたい、といった御意見をいただいている
こともあります。

視聴したとして、実際にこのブログでどう扱うか、についてはもっと直前に、具体的には
年が明けてから書こうと思っていますが、いずれにしても厳しい見方なのは確実かと。

少なくとも、765のアニメのクオリティではシンデレラの印象が好転することはないと思います。
765のアニメの構成・シナリオは、私が元々765プロのPだったからこそ受け入れられたし、
「よりアイマス(765プロ)というコンテンツをトータルで楽しむ」ために機能しましたが、
そうでなかった場合、終盤のシナリオの杜撰さなどを要因に高評価は与えられません
映画も「メッセージ性」は評価できてもシナリオは評価できたものじゃないですからね。

今回のシンデレラのアニメについても、765のアニメ同様にスタッフの「アイマス愛」なるものを
インタビュー記事などで盛んに喧伝して、「作業としては劇場版とほぼ2ライン同時進行でした。
しかも高雄監督は同時期に『シンデレラガールズ』2周年のPVも担当していたので、スタッフには
相当ハードな進行を強いていた状況でした」なんてことを制作の「A-1 Picture」が
「ブラック企業」と言われている中で、平然と言ってのける姿勢には疑問符しかありません


私からすれば「アイマス愛がどうこうとか御託は良いから結果を出せ」、つまりは
私のような立場の人間がシンデレラを好きになれるようなものをつくってみせろ、という話。
まぁ私のような立場の人間を説得できることを目標になんて作ってはいないと思いますが、
「誰が観ても楽しめる」作品であることは目指しているはずで、それがどうか、という話です。
「本当に愛があるのなら、口先だけでなくて、その愛を伝えてみせろ」ということですね。

ミリオンだってシンデレラほどではありませんが、否定的な立場でありましたが、
「結果を出した」人が実際にいたからこそ現在の状況に至っています。

シンデレラは当時のミリオンよりさらに否定点が多く、厳しい状況だとは思いますが、
同じ「アイマス」ならば不可能はないと、信じてはいませんが期待はしていますし、
それを可能にするためにも、このアニメを観る、そうした姿勢で臨みたいと思います。