「9.18」とは何だったのか? 後編

kage

2015/07/12 (Sun)

「9.18」がもたらしたもの

「2」によるブランド崩壊の危機は、アニメ化の成功により救われました。
それに伴い、新規層が大量に入り、「9.18」もまた風化していった…というのは
事実でしょうが、しかしそれがもたらしたものが今日にも確実に残っています。

一つは「ONE FOR ALL」という作品。2014年に発売された「13人プロデュース可」の
本格プロデュースゲームであり、これこそが本来求められていた「2」のはずです。
もし「9.18」が起きなかったら、猛反発が起きなかったら、果たしてこれが発売されて
いたのか…真相はこれも闇ですが、全く無関係ではないはずでしょう。

あるいは「シンデレラガールズ」。765では猛反発を食らった「競争」「差別化」の権化たる
「総選挙」をコンテンツの軸に据えている展開ですが、見事に成功を収めています。
「765でできないことをやる」というのをモットーにしているのかどうかは定かでは
ありませんが、765で普通にやれていればシンデレラでもやっていたのか…どうでしょうか。

元々アーケードでは「競争」原理は確かにあって、360以降にそれを削っていった…
というのは以前の記事にも書いている話。この「競争」、公式側としては本当はやりたいけれども、
765ではもうできなくなってしまった事をシンデレラでやっているのでは、という話です。

それは本来、「競争」の原理はアイドル系コンテンツでは成功要因の一つであるはずで、
取り込めるならば取り込んだ方がいい
、という事が言えるからでもあります。
例えば現在大人気のラブライブにおいても総選挙はコンテンツの一つの軸であるということ、
あるいは次元は違えども同じアイドルであるAKB48も、というかAKBこそ総選挙というシステムを
コンテンツの根幹に置き、ファンを熱狂させている、という事実があるのです。

現在2次元と3次元それぞれで最も成功しているコンテンツがこれを活用している以上、
「競争」には妥当性があるはずなのですが、しかし「765P」はそれを拒んだ。
つまりは、2次元ファンとしてもアイドルファンとしても「765P」は特殊なのだと、そう言える。
その事実が「9.18」で明確になったという事、これもまた一つの成果でしょう。
その成果を活かしたのが「OFA」に代表される、アニメ以降の展開ではないか、という話。
映画での出番・役割等差がある展開もなくはありませんでしたが、基本的には「13人平等」を
可能な限り実現してきた…というのが「9.18」の反映ではないと考えるのは難しいでしょう。


あるいは別の切り口から見れば、「9.18」でアイマス公式に不満・不信を持った層は去り、
そしてアニメ以降新規層が入り、「入れ変え」が起きた
というのも大きなことです。

「おかしい事」を「おかしい」と思った、言ったPの大多数は去ってしまい、そうではないPたちが
残った。そして新たに入った層はアニメ、あるいはソシャゲといった「ライト」な展開からが
多く、アイマスに対する付き合い方も「ライト」になりがちな人たちが多いのでは、という事。

もちろん、「おかしい」と思えた、言ったPたちで残ったPたちもたくさんいます。
「ライト」から「ヘビー」になったPたちもたくさんいるでしょう。
けれども、「それ以前」と比べると、明らかにマイルドな層に入れ替わっていると言えるのです。
シビアな層が大量にいなくなれば、相対的にそうなるのは必然です。

もちろん、新たにライトな層が入ること自体は大事な事です。しかしその急速なファン層の
入れ替わり、そして拡大は、所謂「民度」をも低下させることになりました


あるいはマイルドな層がより多く残ったことも、それがイコール悪いわけではありませんが、
ライトな層の増加とともに合わせて考えれば、ファン層が一定の傾向に、層に流れる形になります。
それはつまり、良い言い方をすれば従順なファン層、少しキツイ言い方をすれば
公式のイエスマン、もっと厳しい言い方で言えば盲目の信者達、とも言える、そんな層
です。
(「あくまでも私の体感的な話で」という注釈は必要な話ですが)

結果確かにアイマスはコンテンツとして拡大し、ビジネス的にも成功を収めているわけで、
その意味で「9.18」は成功だったのかもしれません。「シビア」な、公式側からすれば
「うるさい」ファン層をこれをもってして一掃する事に成功した
わけでもありますから。
(これが前の記事で「想定内だったのでは」という話とつながります。
初めからこれが狙いで「9.18」を意図的に起こしたのではないか、と)


もちろんアイマスというコンテンツはバンナムのビジネス展開の一つに過ぎず、
イニシアチブをバンナムがきちんと持ち、ビジネス的にも成功したからそれでいい、
というのが間違っているとは思いません。あるいは、ビジネスの成功とは
すなわちマジョリティの好みにあったコンテンツ展開に成功しているということでもあり、
その意味でもアイマスは「正しい」進み方をしている、ということもできるかもしれません。

ただ、道徳的な観点から、一コンテンツの展開に対して署名活動を大々的に行った程に
アイマスを愛した人達を裏切ったということが正しかったとはどう考えても言えない


アイマスに限らず「やらかし」を繰り返すバンダイナムコという会社に道徳や倫理という
概念を求めること自体が間違っているのかも
しれません。この期に及んでなお「9.18」程では
ないにせよ、不条理な展開や不誠実な姿勢は一向になくならない現状をみるに、本質的な反省や
改善は全く見られないし、期待するべきでもない、と言うのが正しいのかもしれません。

そこまで踏まえた上でアイマスと、バンナムとどう付き合っていくのか、というのが
「アイマスP」として課せられた、言ってしまえば「就業規則」なのかもしれませんが、
こんな状況になってしまうのは普通に考えればそれこそ「おかしい事」のはず。
その意味で、本当に現在のアイマスが「成功」したコンテンツと言えるのか…。


「好きという気持ちを人質に取られているような印象」というフレーズは、
以前の私のアンケートでの回答でいただいたものの一つなんですが、
まさにこのフレーズこそが現在のアイマスを象徴しているのではないかと、感じるのです。

まぁ、そう感じるかどうかはそれこそ9.18「以前」に入ったのか、「以後」に入ったのか、
あるいはそもそも一人一人で違うのかもしれませんが、しかしこういった声が
少なからず上がってくる現状を、本当に「正しい」進み方をした結果と言えるのかどうか…。

どうあれ、「9.18」以前と以後では、アイマスを取り巻く環境は大きく変わってしまいました。
その意味で、「9.18」は現在のアイマスの全てに影響を与えている、と言えるかもしれません。


私にとっての「9.18」

さて、このアイマス史上最悪の事件である「9.18」。「アイマスは人生」のスタンスで、
765絶対主義、13人平等主義、「みんなでいっしょに」を何よりも大事にする
私が当時どのようなリアクションを取ったのか…と言う話ですが、
まず前提として、5thライブにも、9.18当日、TGS2010にも参加はしていません

5thについては参加意向はありましたが、「『13人出演』ではない」事を理由に不参加。
TGSについては不参加なだけでなく、所用で生放送ですら観ていない、という形でした。

5thでの「2」の発表についてはリアルタイムでパソコンにかじりつき、
PVを観て興奮はしつつも違和感をすぐさま感じた…ということはあるのですが、
9.18については…前日の9月17日、アイマスとは全く無関係の個人的な事情で
非常に重大な事案が発生し、それどころではない事態となってしまった
のです。

「アイマスは人生」のくせにそれより重大な事案とは何事か、と言う話ですが、
そもそもこの2010年9月時点では「アイマスは人生」と言い切る程ではなかったのです。

もちろん竜宮小町の4人のプロデュース不可は非常にショックでしたし、
あってはならない事だという気持ちはありました。ジュピターは嫌悪こそしませんでしたが、
竜宮小町はプロデュースできないのになんでこんなの出すの、と腹立たしくは思いました。

しかしそれ以上にこの当時自分の身の回りに起きた出来事があまりに大き過ぎた。
それゆえに、「9.18」のショックは非常に薄いものとなってしまい、
良い表現をすれば客観的に、悪い表現をすれば冷淡に見る事になりました


…それが良い事であったのか、悪い事であったのか、今でもわかりません。
もし前日の、「9.17」がなければ、やはり「9.18」のショックは大きくて、
アイマスPをやめていたかもしれない、と考える事もできます。
あるいは、騒ぐだけ騒ぐけれども、他に代わりなど何もないし、
ここまでの3年の「情」が私をアイマスPとしてつなぎとめたかもしれません。
…恐らくは後者な気もしますが、果たしてどうなっていた事やら…。

ともあれ、「9.17」に端を発した事案、及び自身の心身の健康については、
非常に長い時間がかかりましたが、当のアイマスのおかげで、回復の方向に進みました。
(この件については次の記事にまた詳細に書きたいと思います)

そして「9.18」を乗り越えたアイマスを、765プロを愛し、現在に至っています。


「9.18」のその先に

ということで9.18について色々と書いてきましたが、最初に書いた通り、
これは私の主観によるものが非常に大きい話でもあります。

もちろん起きた事実は事実として書いたつもりですが、しかしながらどこからどこまでが
「9.18」の範疇なのか、それ自体もまた人によって捉え方は変わってくるのです。

ただ確実に言えることは、これがアイマス史上最大の事件であったという事、
それ「以前」と「以後」で、P層は間違いなく入れ替わっているという事、
そして「以後」の公式の各種展開にも確かに影響を与えている、という事
です。

これが良い事なのか悪い事なのか…は前述の通りでハッキリ断言できませんが、
しかしながら「こうした過去があった」という事実はとても大切な事です。
「過去」があるから「現在」がある、というのはアイマスに限らず全てがそうなのですから。

それを踏まえ、「未来」がどうなっていくのか…は結局バンナムが決めることであり、
「9.18」を一応反省しているように見える現在でもなお不安は拭えませんが、
その「未来」をしっかりと受け止め、自分なりに判断していくほかありません



最後に私の個人的な願いとして、「9.18」当時Pではなかった人達にも、こうした過去が
あったという事実を知ってもらいたいし、その上でアイマスをプロデュースしていって欲しい、
ということがあります。より多くのPが過去の「痛み」を知る事で、もう二度と同様の「痛み」が
起きないよう、バンナムに働きかけることはできるはずで、再発の防止につながるはず。
「9.18」を風化させてはならない、それがそれ以前からの一人のPとしての願いです。