「アイマスは人生」 後編

kage

2015/07/14 (Tue)

「765プロは人生」?

私にとってまさに「人生」となったアイマスですが、その思いは2012年6月23日、24日の
7thライブにおいて確固たるものになります。「13人揃っていないから」参加を見送った
5thライブに対するアンサーとも、不本意な形で「人生初ライブ」を体感してしまった
ニューイヤーライブのリベンジとも私には言える、あらゆる意味での「大一番」。
「これしかない」と絶対の確信を持って臨むことになった13人フルメンバー、オールスターライブ。
ここで得た充足感は、満足感は、多幸感は…「生きてて良かった」と心の底から思えるもの
でした。
本当に冗談でも誇張でも何でもなく、というリアルな意味で、です。
限りなく広いアリーナで、心が傷ついた私に笑顔を取り戻すパワーを与えてくれたのです。

こうして「765プロ」への想いの絶対性を更に磐石に、揺るぎないものへと昇華させていく
ことになったわけですが、それと同時に「アイドルマスター」は別の動きを見せていました。
つまりは「シンデレラガールズ」という765プロとは全く別の「アイマス」展開です。

このコンテンツに対しての気持ちは幾度となくこのブログで書いている通りであり、
アニメ1期をきちんと観終えた今でもなお、トータルでは「嫌い」の範疇を抜けていません。

それは、そもそもソシャゲであるとか、コンテンツの展開の仕方だとか、アイドル達の過度な
個性だとか、そういったものが具体的にあるから、というのは事実ですが、
しかしそれ以前の大前提として、背景として、「765プロとの比較」があるのも確かなのです。

文字通り人生を捧げた、愛すべき765プロのアイドル達という絶対的な存在。
その「絶対」の765プロと同じ「アイドルマスター」の看板を、何の恩も情もない、
有象無象の量産型美少女達でしかないシンデレラ如き、あるいは後のミリオン如きに
名乗っても背負ってもほしくない、という気持ちが強く湧いた…
というのは確固たる事実です。

後にシンデレラはシンデレラで、ミリオンはミリオンでそれぞれ考え方は
変わっていく…ということはこのブログでこれまで書いてきた内容そのものなんですが、
今現在でも、「絶対」の765プロとは、シンデレラは比較するのもおこがましいし、
ミリオンも全くお話になっていない、という差が自分の中では存在します


こう「なってしまった」のはここまで書いてきた事柄があったからであり、「仕方ない」と
自分で自分の事を他人事のように言う事もできますが、「なってしまった」という
気持ちがあるのも確かで、色々な意味で健全でないのは自覚しているし、だからこそシンデレラも
ミリオンももう少しなんとかしたい、という気持ちがあるのもまた確かなんですけれども。

ともあれ、こう書くと「アイマスは人生」というよりも「765プロは人生」とすべきなんですが、
「アイマスは人生」は一般的なフレーズ(あくまでもアイマス界だけ、あるいはオタク界だけで、
ですが)となっていて、言葉の綾というか、使いやすいから私も使っている、という部分はあります。

ただ、目の前の10thライブに代表されるように、今のアイマスは3つの展開が混合で
行われる事も多く、765だけ見ようとしてもそうもできない。全て見えてしまう。
けれども自分にとってはやっぱり765は絶対で…というのは変わらないわけで、
そういった「楽しい」だけではない「悩み」や「嫌だ」といったマイナスの感情も
ひっくるめて、「人生」なんだという捉え方もできる。だからこそ、「アイマスは人生」の
表現はやっぱり間違っていなくて、やはり自分のモットーにもなった
のです。


「アイマスと人生」、そして「I MUST 人生」

私がアイマスと出会って早8年以上。つまりは私もそれだけ歳を重ねたという事です。
プロデューサーとして、だけでなく、一人の人間として、それだけの時を生きてきたのです。
その間には「9.17」があっただけでなく、大きく立場が変わるという事もありました。
この間に様々な経験を重ね、自分の中に積み上げるものは確かにありました。

けれども、「これでいいのか」という部分があるのもまた事実です。
「プロデューサー」としては立派にやってきた自負はあるけれども、
「人間」として立派な成長を遂げてこれたかというと、口が裂けてもそうは言えない。

どんな人間が立派かなんて、絶対的な定義はないし、人それぞれでしょうけれども、
少なくとも、自分で自分に納得がいったかというと、私はそうではないのです。

「プロデューサーとして」の8年に後悔はありません。間違っていたとも思いません。
けれども、それと並行しての「人間として」にも後悔がない、というのは嘘になります。
そうなると、その「後悔」を可能ならばできるだけなくしたい、そう思うのは必然でしょう。
しかしそのためには、アイマスとの向き合い方もどうしても見直さないといけません。
「アイマスは人生」としてこの3年、やってきたのだから、そこは避けて通れません。

そしてやってきた、この10thライブというタイミング。
アイマスがまた大きく変わるのかもしれないというタイミング。
このタイミングこそ、改めて自分の人生を見つめ直すよい機会ではないのかと、そう思っています。

もちろんアイマスには大きな変化はないかもしれません。
「3rdVISION」なんてものはやってこないのかもしれません。
765プロも、これから先も13人で輝き続けてくれるかもしれません。
けれども、この「10周年」は一つの区切りとしては間違いなく良いタイミングのはずです。
だからこそ、ここで何があろうとも、なかろうとも、もう一度自分の人生を考えようと思うのです。

私にとって765プロを「絶対」、アイマスを「人生」とした2012年からカウントすれば3年程。
非常に充実した、濃密なプロデュース活動をしてきた、その自負はあります。
けれども、その濃度の半面、人生を彼女たちに委ね過ぎてきた、という事実もあります。
「アイマスは人生」としたのだから、当然と言えば当然、ではあるんですが…。

しかしこれから先も私の人生は続いていくはずです。少なくとも寿命は10年や20年じゃきません。
その上で、これからもこのままでいいのか、と考え直すべきではないのかと思ったのです。

彼女たちに人生を捧げた、という気持ちに嘘をつく形になってしまうかもしれない。
彼女たちを裏切ることになるかもしれない。そう考えると非常に辛い気持があるのも事実です。
しかし、彼女たちに「生かしてもらった」3年を糧に、これから先の数十年を生きる、
そういう考えならば、裏切りにはならないのではないかと、そうも思うのです。

「アイマスあっての人生」ではなくて「人生あってのアイマス」。
あたりまえのはずが、あたりまえではなくなったものに、もう一度考え直し、生き直す。
その形こそ本来あるべきで、私が今、理想に思っている人生で、プロデュースの形なんです。

言うなれば「アイマスと人生」。ここをハッキリと分ける。私はプロデューサーとしてだけでなく、
一人の人間としても生きなきゃいけないんです。人生を支えてくれる周囲の色々な人のために、
命をくれた彼女たち13人のために、そして、自分自身のために。「I MUST 人生」なんです。


「絶対」であり、永遠に愛すべき、13人の765プロのアイドル達。
そのアイドル達をともに支えてきた、誰よりも信頼できるパートナーである、1人の事務員。
彼女たちへの気持ちは未来永劫変わらず、愛し、プロデュースを続けていきます。

確かな輝きを持ち、この世界に深みをもたらしてくれた3人の876プロのアイドル達。
彼女たちを再び輝かせられる日がいつか来る事を、期待しています。

自分の人生をまた一つ切り開いてくれた、ミリオンスターズのうちの1人のアイドル。
まだまだいくらでも可能性を持っているはずの、ミリオンスターズの36人のアイドル達。
765プロと比べても仕方がない。彼女たちなりの輝きを観たいし、プロデュースしたいです。

ある意味で人生を他の誰よりも豊かにしてくれている200人程度のシンデレラのアイドル達。
これから先も私を悩ませてくれるかもしれませんが、いつかそれが笑い話になることを願います。

同じ世界に生きる、40人程度の315プロのアイドル達。
これからも彼らは彼らで、彼らなりに頑張ってほしいと思います。


全てを全て、愛せないけれども。その愛の重さもまた全く違うけれども。
それでも「アイドルマスター」ならば、誰もがこれから先も私の人生を彩ってくれるでしょう。

そんな彼女達と、あるいは彼らとも、これから先の人生も生きていきたい。
「アイマスは人生」改め、「アイマスと人生」という気持ちで。
…使いやすいから「アイマスは人生」を今後も使うかもしれないけれども、
それでも気持ちは改めて、アイマスと生きていきたい。いや、生きます。
それが私の人生で、私の運命だとも思っているから。


そう、私にはハッキリ言える。私がアイマスで一番好きなフレーズ。
アイドルへの問いであり、自分自身への問い。それに対する答えを、今なら。

「運命の出会いを信じてる」