「アイマス10周年」石原氏インタビュー記事について

kage

2016/01/03 (Sun)

では早速11年目が始動、と言いたいところだったのですが、
10周年目の最後、昨年末に大きなトピックスが降って湧いたので、
これについて今回は書きたいと思います。

『アイドルマスター』10周年を石原D(ディレ1)と振り返る。
これまでのライブイベントの深いところに迫る

http://dengekionline.com/elem/000/001/189/1189870/

これまでは語られなかった事について詳細に触れられており、
これまでの、そしてこれからのアイマスを語る上で決して避けては通れない内容でしょう。

ということで、この記事の中から特に私が気になったトピックスについて
抽出し、それについて引用しながら書いていきたいと思います。


10thライブについて

>ドームライブを開催するにあたり、最初に考えたのは西武ドームのキャパシティでした。
>『アイドルマスター』のライブは年々規模が拡大してきましたが、2014年2月の
>さいたまスーパーアリーナのライブで1万5000人超えくらいだったので、
>いきなり2倍以上となる3万人超の西武ドームが埋まるのか……? という心配はありました。

のっけからですが、これは以前の別媒体での坂上氏のインタビュー記事にあった
>じつは3年目ぐらいから、ドームでライブを行うこと自体は可能でした。
http://www.famitsu.com/news/201504/06075571.html
という発言と思いっきり矛盾してるんですよね。まぁこの場合は坂上氏の
発言のほうが明らかにおかしい、というか「行うこと」はできても「埋めること」は
できなかったはずで、ニュアンスに違いがあるのだということもわかりますが…。
発言者自体が違うと言えども、アイマスの2トップなわけで、その2人の言っていることが
チグハグ、という事自体、現在の「アイマス公式」のあり方の疑問符
となってしまいます。


>アーケードから家庭用と歴史を重ねていった『アイマス』の軌跡をなぞっていくという流れや、
>アーケードの曲からはじめていくといった、過去から未来へという構成が主でした。
>でも、僕としては、ただ“過去を振り返る”だけのコンセプトはあまり好きじゃないんです。

10thのセットリストについてですが、私も事前に予想したような、時系列的なもの
やはり検討はされていたようですね。ただ、それは結局石原氏の好き嫌いで判断が下された、
ということで、それってどうなの感はどうしても拭えません。もちろんこれまでのライブも
石原氏の判断のもとにセットリストは組まれていたとのことですし、それで良かったライブも
あったのも確かだと思いますが、今回はこれで良かったのでしょうかね…。

>今現在でできることすべてをやりきることこそが、歴史を見せることイコールなのかなって。
>初日からMA3の曲なども入れつつ、できることは全部やろうという構成としたのは、
>そんなコンセプトからです。

期待されていたMA3曲は一部だけで、それ以外でも期待の高かった「隣に…」を
やらなかったことが本当にベストだったのでしょうか。もちろん「できること」なので、
それが「できないこと」だったのならば仕方のないことですし、新曲というのは
どうしても負担が大きくなるので、「できないこと」だったのかもしれませんが…。
その意味では「隣に…」ができない理由は不透明ですし、説得力に欠けるかと思います。

何にしても、私が感じたような、セットリストを「あえて不完全にした」というわけでは
ないようで、「その上であれが『全部』だったの?」というモヤモヤは残りました



>シンプルにお祭り感のあるダジャレにしました。ダジャレネタは結構な人数の方が
>気づいてくれたのでうれしかったです(笑)。これも10thならでは、でしたね。

2日目のメドレーコーナーのパート分けについてですが、まぁダジャレというのは
誰がどう見てもわかるので、それはいいでしょう。ただ、そもそも「お祭り感」って…。
「10thテーマは『お祝い』じゃなかったでしたっけ?『お祭り』は8thでは…」という
ツッコミ所を残すあたりが相変わらずのセンスだと思わずにはいられません。
まぁテーマなんて毎度口先だけで、大した意味のあるものじゃないんでしょう。


ミリオン3rdライブツアー

>はじめから、積極的にステージイベントを行ってきた『ミリオンライブ!』は
>「アイドルキャラに触れるより、演者を先に見る」機会も多いコンテンツです。

>765→シンデレラ→ミリオンという順番でIPが誕生したので、石原もややスパルタ気味に多くの
>人の目に触れやすいアニサマなどの“フェス形式のイベント”にも積極的に参加させていました。
>そんな経緯もあり「パフォーマンスで魅了して、コンテンツに興味を持ってもらう」という
>今までにはなかった側面も持つようになりました。

まぁこれは実感として、というか恐らく数量的にもそうだったわけですが、ミリオンは
こういうスタンスのコンテンツである、ということをここで明言した、というのが大事ですね。
「ミリオンは声豚御用達コンテンツ」と揶揄もされてきましたが、それは全くその通り、と
公式側が認めた
わけで、その意味で大きな意義のある発言だと思います。
その上で大事なのは…

>ツアーもどちらかというと、ゲームの世界観を表現する空間ではなく
>『ミリオンライブ!』世界の入り口として考えています。

という発言ですが、入り口から入った先に、一体今ミリオンに何があるのでしょうか?
もちろん原作といえるソシャゲがありますが、ゲームとしての評価が芳しくないのも事実でしょう。
評価の高いコミカライズもありますが、それとて絶対的な存在とは位置づけられないはずです。
となると、現時点での位置づけとしては、ライブは「入り口」というよりも「中心」としたほうが
適切なんじゃないか
と思います。まぁこれから「その先」が生まれる、という可能性は十分ある
という見方もできますし、それはやはりアニメでは…と予想、期待もできますが…。


>初のツアーイベント。予想外の物語を楽しんで欲しいと思っています。

これについては単純に、期待と不安が入り混じる、といったところですね。
初のツアー、初の37人、という物語性に765カバー曲、というオプションを付与したうえで、
それ以上にサプライズを、というのはもはや情報過多
にも思えますが…。
「予想外の物語」は単に言葉の綾的なものなのか、それとも…どうなんでしょうね。


>物語を動かすにはキーマンが必要です。演者のパフォーマンスと、ゲーム中のアイドルが
>一緒に成長していくという大きな流れの中、山崎さん、田所さん、麻倉さんには先頭を切って、
>本当にありとあらゆるイベントに出演してもらいました。

まぁこれもこれまでやってきた通りのことを明言しただけの話でもあるんですが、
こんな言い方をするくらいなら、いっそ未来静香星梨花を他のメンバーよりも先輩、
少なくとも年長、という位置づけにした方が自然なんじゃないの
、とすら思えてきます。
「演者のパフォーマンスと、ゲーム中のアイドルが一緒に成長していくという大きな流れ」を
表現することを本当に目標としてやっていたというのなら、ですね。

37人ものメンバーを平等に、というのは二次元のキャラクターでも容易ではなく、
三次元の声優では現実的には極めて困難、ということはわかり切っていることですが、
それにしたってあまりにも…というのが現状。それを説明するのにこれでは明らかに
言葉は足りていないでしょ
、という感はどうしても拭えません。
少なくとも、ライブ以外のイベントやラジオに未だ37人出たことがない、という現状の
説明には何にもなっていないし、その結果、この発言自体が虚言にすら聞こえます

その上で、更に大事なのが次のフレーズ。

>ドームに参加してもらった他メンバーも僕の中では、全体のパフォーマンスを
>引っ張ってもらえる大切なメンバーです。

これも言葉の使い方の問題というか、石原氏が悪いのか、書き起こした人間が悪いのか
定かではありませんが、これでは「ドームに参加してもらっていない他メンバー」は
「大切なメンバー"ではない"」
ともとれますよね。これが書き起こしの問題ではない、
石原氏の生の発言で、その上で言葉遣いの問題ならばそれはそれで問題だと思います。
そんな問題発言を繰り返してきた石原氏だけに、今回も十分ある話だとも思います。

しかしもっと問題なのは、言葉遣いの問題ではなくて本心からそう思っている場合です。
つまり、他のメンバーは本当に「大切なメンバー"ではない"」、と思っている場合。

アイマスFebriで言及していた話ですが、そもそも石原氏はミリオン立ち上げに際し、
本当はもっとアイドルは少人数(30人程度)でやりたかったものの、GREE側か
上層部かの意向で現在の人数になった
、とかなんとかいう話が関わってくると思います。

つまり石原氏は、人数こそ現在の37人、50人になったけれども、実際のコンテンツ運営に
関しては、実際自分が想定した枠内でしかやらないし、やる気もない、ということを、
GREE側に見せつけるためか、自身の意地か何かでやっている、とも捉えられるのです。
要するに、彼にとって想定外の十数人は本当に「大切ではなく」、それをコンテンツにおいて
隠すこともなく、アイドル間で待遇に差をつける運営を行うことで直接示している
、という事です。
「GREEさん、50人なんて人数うまく捌けるわけないんすよ」と言いたいがために。

そう考えれば現状はむしろ自然だとも思えますし、「37人を平等に」なんていうのは
「765の13人がそうだったから」「人数は初期から増えも減りもしないから」
「最初から全員に声優がついていたから」「CD/曲はきちんと全員分出すから」
などといった事実から私含めたファンサイド側が勝手に判断しただけに過ぎない

という風に考えられるわけです。石原氏は37人を最初から平等にする気すらなかったと。

ならばやはり我々が勘違いしていただけだった、という話でもあるんですが、
これを37人の声優全員がきちんと説明を受けていたのか、理解していたのか、
というのも気になる話
でもあります。晴れて「アイマス声優」になったものの、
「自分の出番が少ない」と感じているメンバーは十中八九いるでしょうし、
それについて事前に説明があったのか、というのは大事な話だと思います。
「こんなに少ないと思わなかった」のか「聞いていた通り少ない」のかでは全く違う。

どうであれ必要なパフォーマンスを必要に応じてこなすのがプロの声優であり、
それによって何かが変わるべきではない、というのも確かだとは思いますが、
これでは765の先輩のような「団結」「信頼関係」はどうやっても生まれようはないでしょう。
その実態は全て声優個々人の心の内にしかないし、わかりようもないですが、
現状でもしミリオンが「団結」や、声優陣が「みんな仲間」なんていうのを掲げるというの
ならば、それはどう見ても無理があり、薄ら寒いだけ、ということだけは確か
だと思います。

ただ、結局ファンが「判断しただけに過ぎない」平等も、ニーズとして求められたわけで、
それに対しての一つの公式側からのアンサーが3rdライブなんだと思いますし、
その先にこれまでとは違う何かがあるというのなら、話は変わってくる可能性もあるとは思います。


2ndライブについて

>もともと『アイドルマスター』はアーティストのようなライブステージを行いたい……
>というところが出発点ではなく、楽しければ何でもいい、プロデューサーのみんなが
>集まるイベントとして機能させたかったのです。

>「歌だけではない楽しさ」みたいな空気は「ガチのLIVEではなく、
>プロデューサーの皆さんと作り上げる楽しい空間」が似合う『アイマス』には
>必要なんじゃないかなと思っています。

2ndライブについて言及されること自体が今は希少だというのもありますが、
ここではこの辺の発言が大事だと感じました。これは全くその通り、と私も感じますし、
周年ライブではもう難しいのかもですが、ニコ生や他の小イベントでやっている
この路線こそが、一つの「アイマスらしさ」なんじゃないかな
、と感じます。


3rdライブについて

>某ゲーム雑誌に特報を一番最初に伝えなければいけないという
>謎の社内ルールがあったので、LIVEで華々しく告知をしたかった僕は
>「そんなもん知らねーよ!!」と広報と超絶ケンカをしていました(笑)。

これについては、この3rd以降の発表も含めて色々とあったので、業界の慣例的に
「そういうもの」なんだろうとは思っていたので、「やっぱりな」という感想が出てきます
まさに次の「PS4版」については、雑誌発売とニコ生発表が同日、ということに
なっていますが、同日ならば雑誌のほうが当然先に確認できるわけで、
その中でどう発表内容に「差」をつけてくるのか、というのが目下のポイントですね。


5thライブについて

ここは「書いてある」ことではなくて「書いていない」事について気になりました。
そう、雪歩の声優交代劇」について、ですね。先日長谷友利花)さんが
この件についてTwitterで言及していましたが、それが全て正しい、とは
私には全く思えませんでしたし、アイマス公式側の言い分も聞きたいところではありました。

しかしここではそこに触れていない、ということで、「この件の闇は深い」
改めて感じたのも確か。まぁこのインタビューの本題は「ライブ・イベントについて」
なので本題からズレてもいますが、これだけ色々と話しているのならば、
これについて触れても…と思っただけに残念というか何というか、でした。


TGS2010(9.18)について

>誤解はしてほしくないんですが、当時の騒ぎの中心となった設定(竜宮小町・ジュピター)に
>関しては当時も今も心底納得しています。
>アニメ企画も同時に走り始めていたので、グループ内での竜宮小町というライバル関係や、
>プロデューサーのライバルにもなりえるジュピターの存在は、物語を大きく動かしていくために、
>あの当時の『アイマス』には必要だった存在です。

>でも、自分の言葉の中に「本音・本心」に近い言葉が混じっていないので、
>説明する言葉に強い「説得力がない」「誠実さがない」と自分でも感じていました。
>正直に言うと、僕自身もアーケード版を企画し、自分で産み育ててきたアイドルを
>「完全なプレイアブル」にできないこと、TGSの時点ではまだ納得しきれていませんでした。

>そのことで上に抵抗もしました。でも時間の制約、予算の制約はどんなものにでもつきまとう
>ものです。いろいろなスタッフが、制約の中でできる限りのことをしようともしました。
>愛でカバーしようと最後まで努力はしていました。ただ、結果としては、
>プロデューサーさんに誠実でいることができませんでした。

かの「9.18」について言及している、というだけで大事な話なのは間違いないですが、
その中でも、あの当時から指摘されていた「発言のうさん臭さ」「社内上層部の意向疑惑」が
こうして明言された、ということは大きなポイントなんじゃないか
と思います。

「2」発表時点ではアニメの話はできなかったし、社内の時間・予算云々の話なんて
表には出せない、ということについてはもっともだとは思います。

アニメだけに限って言えば、竜宮小町はメリハリになったし、ジュピターも
「男性アイドル」が女性アイドルのライバルに、という展開自体の無理はあれど、
貴音のような「プロデュースさせろ」の声を封殺するためには仕方ないともわかりますし。

石原氏についても、「アイマスの最高責任者」であったとしてもバンナム社内においては
「中間管理職」であり、色々と大変なことがあったのだろうと察することもできます。

そう考えればこの件で彼一人を責めるのはお門違い、ともいえるかも知れませんが、
「愛でカバーしようと最後まで努力はした」割にはギスギスシステムや枕営業シナリオ、
ツバメシナリオなんかの問題も山積、というあたりはどうなの
、というのも残りますし、
「ジュピターって『憎める存在』じゃなかったでしたっけ?」というのも残ります。
そもそも女性ライバルでも後に玲音という形で成功している、というのもありますしね。

まぁ上層部を含めての「アイマス公式」として過ちを犯したというのは確かでしょうし、
その予算や時間の制約をクリアに出来なかった、上層部の説得が出来なかった、
その上でファンの神経を逆なでするような発言を繰り返した、という意味では
「コンテンツの最高責任者」たる石原氏の責任も十分すぎるほどあったのも変わらないと思います。
ですが、この1件があったからこそOFAなんかも生まれたはずで、その意味ではこの過ちは
全てが無駄になったわけではない、というのが救い
ではありますけどね。


>制作側に「期待」をして、突きつけられた現実が「期待」に応えられていない! と感じる
>ファンサイドの人たちは、応援をすることから離れます。でも、別の一部の人たちにとっては、
>突きつけられた現実が「期待」に応えてくれていることもあります。

>制作側はこういう時、最初に誰に向かって言葉を投げかけるべきか? ……それはやはり、
>応援してくれる人であるべきだと思うんです。ここで制作が一部のファンサイドと反論を
>はじめたりするのは、本来向き合うべき人のことを無視していることにつながる。
>でも、それを繰り返してイエスマンだけが残るコンテンツは、
>結局、小さくなっていくだけだとも思うんです。

>コンテンツは制作サイドとファンサイドが、お互いに緊張感を持って作り上げていくべきだと、
>今は思っています。制作サイドはファンサイドの希望を一方的に聞くだけではいけない。
>ファン全員の意見を全てとりいれても、結局は収拾がつきません。

>しかし、ファンサイドも制作サイドの言葉を一方的に受け入れる必要はない。
>最近は、WEBを通じて制作サイドにも声が伝わりやすい環境にあります。
>愛のある叱咤は、時には制作スタンスを見直すきっかけにもなります。

>ここで誤解されそうですが、やはり愛は重要なんです。叩くことは愛にはつながりません。
>「こうしてほしい!」という気持ちが愛だと思います。

この辺についてはもっともなことを書いていると思います。あまりにももっともらしすぎて、
単なる綺麗事だろう、と感じるほどにもっともなもの
だと感じます。
「叩かないでくれ」とは直接言えないから言い換えているだけだろ、とも言えますしね。

また、綺麗事に感じる理由としては、アイマスPには単なるイエスマンと思える人間が
今現在少なくない数いる、と体感できてしまうからでもありますし、そうなった経緯としてまさに
「非イエスマン」を振り落とした9.18があったじゃないか
、と言えますからね。

ただ、この文中にあるような「イエスマン」と逆の存在がまだいるのも確かでしょう。
というかまさに私自身こそが、アイマス公式のイエスマンではない立場で、
このブログで色々と「愛のある叱責」をしているつもりなので、その姿勢をきちんと
認めてもらえている、ということについては嬉しく思えます


私個人の意見もですが、このブログではコメント欄だけでなく、アンケートもやっていて、
様々な人の意見が見られるのも確かです。直接それを公式に送ったことなど
一度もないし、今後もそんな予定はないですが、真っ当な企業のネットサーチ力ならば
引っかかる程度のブログだとは自負しているので、どういう形であれ、この叱責が届いて
いるのならば、このブログにも相応の価値はあるんじゃないかと思っています

バンナムは真っ当な企業じゃないだろ、と言えばその通りかもですが、いくらなんでも、ね。


>制作サイドは常に緊張感を持ってファンを「単なる数字」として見ないようにして、
>時には批判も覚悟で方向性を指し示す。応援するファンサイドも、制作サイドは神ではなく
>「間違いも起こす人間」なのだから、ある程度は愛をもってゆるす。

これもまたもっともですが、「お前が言うな」としか言えなくなるような言い方の発言です。
「ゆるす」のはこちら側、ファンサイドであって、間違ってもそちら側ではない。
「ゆるしてください」と言えばいいものを、こうして言ってしまうあたりがやはり
「石原節」「ディレ1語録」なんだろうな、と感じてしまう次第
です。

もちろん石原氏個人のコンテンツの価値観としてはこれでいいと思いますが、
コンテンツの代表者として、会社の代表者としてこの言い方はないでしょ、という話ですし、
先日のニコ生で声優には「100%は出来て当たり前」と抜かした口でこの発言をするのか
という所も引っかかってきます。自分が出来ないものを声優には求めるのか、と。
まぁ「出来て当たり前」でも、100%未満は「絶対許さない」、と言っているわけではない、
というのも確かですが、随分と他人に厳しく自分に甘いものだなと感じる発言でしょう。

…こうなると私も絶賛した「7th」や「OFA」も、あくまでも100%、せいぜい120%でしかなく、
150%ではなかったのだから誉めるべきではなかった、という話にもなりますしね。
150%になるまでは「愛をもって叱責」し続けろ、という事だと思うので、実行したいと思います


8thライブについて

>もし、声優の仕事が立て込んでいるのであれば、声優の仕事を優先してほしい、
>そう石原は考えているんです。だから、事務所とスケジュール調整を行う際も、
>無理強いはしません。プロデューサーさんたちの見たいステージがあることは
>理解していますが、多人数でカバーしていくこと。

>イベントでの人数を完全には固定化しないこと。それが、大規模化するイベントへの
>現実的な対処法だと考え、このあたりから模索をはじめました。

そりゃそうだろう、という話でもありますし、これについては受け入れています。
というか、「8thまで考えていなかったんかい!」とツッコミたくなるくらいの話
いずれにせよ7thがいかに奇跡的だったか、というのは改めて感じますね。


9thライブについて

>曲はたまに天日干ししないと、カビてきちゃいますから。

このスタンスそのものは良いと思うんですが、既にカビの生えきっている、
と言わざるをえない曲もいくつもあるんですよね。その辺について
せっかくなら話して欲しかった、というのがここではあげられます。


アニメ「シンデレラガールズ」について

>高雄監督の持ち味は緻密な世界観による「演出された世界」です。
>シンデレラという最高のキーワードを持つ、『シンデレラガールズ』ですから、
>最終的には「ストーリー」をしっかり作っていく方向にしました。

高雄監督が本当にこの作品で「演出された世界」が表現できていたというのか、
そしてそれは視聴者にウケたのか、というあたりについての言及はありません

「9.18」のように、「あの時は…」とするにはまだ時間は全然経っていませんしね。
この項で本当に聴きたかったのはその辺の話なんですが、時期尚早なんでしょう。
あるいは、本気であれで成功だった、と捉えている可能性もありますけども。


最後に

>第1のステージは、765プロの作ってきた歴史であり、
>その中で『シンデレラガールズ』や『ミリオンライブ!』『SideM』という芽が芽吹いた。
>だから、第2のステージは、この芽を多くのプロデューサーさんたちと、
>どういった「木」に育てていくのか? ということが、ステージでのメインとなるでしょうね。

これまでは、「1stVISION」(「2nd」以前)が765プロの物語であり、
「2ndVISION」がシンデレラやミリオン、SideMを含めた物語、とされてきましたが、
ここでは、この2ndまでもが「第1のステージ」であり、
11年目、ここからが「第2のステージ」ととれるような発言となっています。

これが「3rdVISION」を示すのか、それとももはや「VISION」というあり方自体、
どうでもよくなっているのかは定かではないですが、なんにしても、この表現の上では
「765とミリオンの正式合併」なんてものはない、と受け取ることが出来ます



>765プロはPS4で新作が予定されています。歴史が途絶えている訳ではありません。
>でも『アイマス』は彼女たちだけにカメラが向けられていた世界ではなくなり、
>より多くのアイドルたちが活躍する世界になりつつあります。876の娘たちも、
>アニメで登場したアイドルたちも、この世界のどこかにはいるんです。

「765プロはPS4」と明言こそしていますが、この言い方では他のアイドル達も
PS4に出演する、とも捉えられます
し、その意味では何も安心はできません。
また、876についても言及していますが、明らかに「ついで」のように感じますし、
少なくとも大きな動きはない、動かすつもりもない、という風に捉えられます。



…ということで、元の記事が長いだけに私のこの記事もえらく長くなりましたが、
元が分割していないので私も分割せずに、一気に書き上げました。

納得できるところもあれば、いつものように「何言ってんだ」的なところもあり、
結局これをもって私の石原氏への印象が特に変わることもないわけなんですが、
今後のアイマスを考える上では大事な話だったのは確かだと思います。

「150%までは褒めずに、愛をもって叱責し続ける」事が求められていることも
わかったので、それを実行しよう、という気持ちが持てたのも大きいですね。
まぁ結局それって私のこれまでのスタンスからは何も変わらないんですけども。


ともあれ、最後の言葉には一字一句違わず同意するので、最後に引用させていただきます。

>さあ、あなたの日常に、『アイドルマスター』がこれからもあらんことを!
>ともに、素敵な2016年になりますように。